技術解説

スクロール圧縮機の構造と特徴

2024.02.09

スクロール圧縮機(コンプレッサ)の構造と特徴

スクロール圧縮機(コンプレッサ)は、二つの渦巻きを組み合わせて、渦巻き外周から吸入した気体を内周に向かって容積を減じることで、圧縮を行う容積型の圧縮機である。この機械のアイデアはルネサンス期のイタリアにまで遡ると言われているが、近代的にはフランス人が1905年に取得した米国特許に端を発している。1972年に米国ADL社によって学会発表されたヘリウム冷凍機用のスクロール圧縮機の文献が、その後の日米を中心とした活発な開発の端緒を開いた。1970年代から80年代における開発努力の結果、カーエアコンや空調用として市場投入が始まり、半世紀を経て今日に至っている。
図1はスクロール圧縮機を構成する円のインボリュートの幾何学的パラメータを表している。これらのパラメータを用いて設計を行うことができる。

スクロール圧縮機の幾何学的パラメータの図

図1. スクロール圧縮機の幾何学的パラメータ

スクロール圧縮機の作動の図

図2. スクロール圧縮機の作動

図2で、緑色は固定スクロール、茶色は揺動スクロールであり、揺動スクロールは固定スクロールの渦巻きに沿うように、そのxy軸は回転せず揺動運動を行う。図2のθ=0°では、三日月状の対称なポケットが外周から内周に向かって3対形成されている。θ=180°では、それらのポケットの容積が減少しており、中心部では合体して一つのポケットとなり、気体が吐出されている。一回転後のθ=360°では、サイクルが完結して、最初の状態に戻るが、最外周のポケットにあった気体は中間ポケットに移動し、中間ポケットの気体は内周に移動している。このようにして取り込まれた気体は連続的に圧縮をうけることになる。取り込まれた気体の容積は、回転角度に比例して直線的に減少し、中心部で合体した後は回転角の二次関数として減少する。
流体機械は、概略速度型と容積型に分類される。速度型はファンやジェットエンジンなどに代表されるように、主に運動エネルギーを圧力に変換あるいはその逆の作用をする機械であり、流体力学的な取り扱いが主になる。容積型は、圧縮室の容積変化により昇圧や膨張を行う機械であり、工業熱力学における断熱圧縮過程が設計の基礎となっている。
容積型は、速度型に比べ流量がかなり小さく、逆に圧力はかなり高い。性能は圧縮室の漏れによって左右され、工作精度やシール機構が重要な技術課題である。長らく自動車エンジンでは、レシプロが主流であり、回転式の容積型流体機械が用いられることはまれである。この主たる要因は、レシプロは摺動速度が小さく、ピストンリングなどの自己補償型のシール機構を装備可能なことがある。回転式のエンジンを構成しようとすると、シール部分の速度が極めて高速となり、漏れや耐久性の面で技術的なハードルが高くなる。
近年スクロール圧縮機が普及しているが、その背景にあるのが、他の回転式の容積型の流体機械に比べ、圧倒的に摺動速度が小さく、シール機構を有効に利用できることである。米国機械学会誌の解説に従えば、wear-in rather than wear-out (摩耗というより、摩耗補償)の性質を有していることが大きな特徴である。これは、設計をうまくやれば経年性能向上が可能なことを意味している。

スクロール圧縮機の漏れの図

図3. スクロール圧縮機の漏れ

図3は、スクロール圧縮機の内部漏れ経路を示している。漏れ経路は2種類あって、スクロール歯先端面の軸方向すきまからの半径方向漏れと、渦巻き側面間の半径方向すきまからの周方向漏れである。原理的には両方向のすきまを0にすることが望ましい。
スクロール圧縮機の渦巻き端面は、図4に示されるようなチップシール、あるいは、固定・揺動スクロールの油膜を介してのガス圧などによる接触シール方式などが実用されている。

チップシールの図

図4. チップシール

渦巻き側面は、潤滑可能な用途では、図5と図6に原理が示されている、可変クランク機構が利用され、揺動スクロールが固定スクロール側壁をガイドとして揺動運動を行うことができる。これらは、追随機構(compliant mechanism)と呼ばれ、圧縮室に異物が侵入した場合などの保護機構としても機能し得る。

設計クランク半径軌道(時計回り)

図5. 設計クランク半径軌道(時計回り)

可変クランク機構作動のオフ・デザイン軌道(時計回り)

図6. 可変クランク機構作動 オフ・デザイン軌道(時計回り)

シール機構による性能向上例の図

図7. シール機構による性能向上例

図7に冷媒圧縮機における、チップシールおよび可変(従動)クランクの効果を示す。容積型圧縮機においてはシールが根本技術であり、図7はその有効性を表している。
回転型の圧縮機は、吸入と吐出が隣接する構造のものも多く、最高圧と最低圧のシール部分が生じる。図2や図8のように、スクロール圧縮機は、渦巻き外周から内周に向かって連続的に圧縮を行うので、吸入口と吐出口が完全に分離されており、他形式にない特徴である。容積変化は回転角に対して直線的であり、最内周では回転角の二次関数となる。このことから、図9のように吐出流速は回転角に対して線形で変化し、のこぎり波状の変化を行う。設設計圧縮比では、一回転中連続的に吐出が行われることになる。

圧縮室の容積変化の図

図8. 圧縮室の容積変化

一回転中の吐出流速の図

図9. 一回転中の吐出流速

スクロール圧縮機のトルク変動の図

図10. スクロール圧縮機のトルク変動

回転式の容積型流体機械は、レシプロに比べてトルク変動が小さいが、図10に示されるようにスクロール圧縮機は設計圧縮比ではさらにトルク変動が小さく、振動騒音の面ではかなり有利である。
スクロール圧縮機は、図11のように一つの機械の中で連続的に圧縮を行う多段圧縮機構であり、その形状から圧縮中に冷却効果が期待でき、断熱効率向上の副次的な効果も期待できる。
スクロール圧縮機はその形状から、適切な容量範囲があり、小型はシール性能で、大型は駆動機構の面から制限を受ける場合が多い。

スクロール圧縮機の圧縮過程の図

図11. スクロール圧縮機の圧縮過程

インボリュート曲線の創成の図

図12. インボリュート曲線の創成

スクロール圧縮機は加工技術の発展に支えられたのは事実ではあるが、特にNCマシンなどを用いることなく、図12のようにインボリュート曲線を創成することも可能である。可変クランクや可動固定スクロールの技術を利用できる分野では、加工精度や組み立て精度の問題をある程度吸収してしまうような設計が可能であることが普及の背景にある。

オルダム継手の図

図13. オルダム継手

揺動スクロールの姿勢維持には、図13のようなオルダム継手や、3クランク機構が用いられる。オルダム継手は、図6のような可変クランク機構の場合でも利用できるのが特徴である。オルダム接手は往復運動を行うので、図14のような系の機構解析に基づく振動バランス計算には、オルダム継手の質量の半分が回転質量であるとみなす、ハーフバランスなどの考え方を利用する。

搖動スクロールとオルダム継手の機構解析の図

図14. 搖動スクロールとオルダム継手の機構解析

スクロール圧縮機の用途はかなり拡大したが、膨張機の研究レポートも多い。圧縮機と膨張機を組み合わせた、ランキン・サイクルも研究実績があり、ブレイトン・サイクルやオットー/ディーゼル・サイクルなどの応用も興味深い。膨張機で自動車を走行させたという報告もある。また、単体スクロールでも、中心部から吸気を行い、等容加熱・断熱膨張を行う図15および図16に示されるレノー・サイクルの適用も可能であると考えられる。レノー・サイクルの吸気圧p_1は周囲圧力であり、いわゆる圧縮行程はなく、出力は大きくなく、効率も高くはならない制限がある。
このように、スクロール圧縮機は、低摺動速度で可能な摩耗補償シール、低トルク変動による低振動・騒音、吸気部と排気部の完全分離、などの特徴を備えた不思議なメカニズムである。

レノー・サイクルの図

図15. レノー・サイクル

レノー・サイクルのスクロール膨張機の図

図16. レノー・サイクル スクロール膨張機

 

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