コラム

パワーデバイス用途に適した高温特性に優れた高耐熱性エポキシ樹脂

2024.04.03

パワーデバイス用途に適した高温特性に優れた高耐熱性エポキシ樹脂

1. 高耐熱性エポキシ樹脂の概要

エポキシ樹脂は、その良好な耐熱性や耐湿性に加えて機械的および電気的特性にも優れた特徴を有することから工業的に広く利用されている。一方、電気・電子分野を中心とした用途における要求性能の高度化により、いっそうの機能向上が求められている。この背景の一つに自動車や鉄道等の社会インフラ用途を中心としたパワー半導体の進展があり、さらなるエネルギー効率化や高電圧・大電流通電が要求されている。これにより半導体を保護するための封止材料や、パッケージを搭載するための基板材料には、熱分解安定性等の耐熱性の向上に加えて、発生する熱を効率的に放散させるために高熱伝導性の向上が求められている。
一般に、エポキシ樹脂の高耐熱化のためには、多官能性の樹脂を用いることによる架橋密度の向上が図られている。しかし、この方法ではガラス転移温度(Tg)が向上する一方、硬化物の靭性が低下するとともにエポキシ基に由来する基脂肪族鎖の含有率が高くなり熱分解安定性が低下する。
これらを背景として、熱分解安定性の向上の方向性の一つにナフタレンやビフェニル等に代表される多環芳香族構造を有するエポキシ樹脂がある。本稿では、熱分解安定性に加えて低吸湿性や低熱膨張性に優れた多官能性のナフタレン系エポキシ樹脂、さらには高熱伝導性にも優れた多官能性ビフェニル系エポキシ樹脂の特徴について述べる。

2. 多官能性ナフタレン系エポキシ樹脂の特徴

図1にナフタレン系エポキシ樹脂の構造を示す。ナフタレンは二つのベンゼン環が共役した縮合多環芳香族構造を持つことから、エポキシ樹脂の構造中にナフタレン骨格を導入することで、分子運動の抑制に伴う高耐熱性および分子の高い平面性に基づく低熱膨張性が発現する。また、ナフタレン環の芳香族構造を有するp-キシリレン基で連結することで、さらなる耐熱性の向上と疎水性に起因する低吸湿性が発揮される。

多官能性エポキシ樹脂の画像

図1. 多官能性エポキシ樹脂

図2にフェノールノボラックで硬化して得られる硬化物の動的粘弾性スペクトルを示す。ナフタレン骨格を持つNAEはゴム状態で低い貯蔵弾性率(E’)を示すことから低い架橋密度を持つと考えられるが、ベンゼン骨格のPAEに対して高いTgを有していた。一方、ナフタレンの縮合多環芳香族構造に起因してガラス状態でのE’は高い値を示した。さらに多官能化したナフタレンジオールから誘導されたNDAEは221℃と大幅なTgの向上が確認された。ナフタレン環の導入に加えて、多官能化に伴う架橋密度の上昇により分子運動が大きく抑制されたためと理解できる。

ナフタレン系エポキシ樹脂硬化物の動的粘弾性スペクトルの画像

図2. ナフタレン系エポキシ樹脂硬化物の動的粘弾性スペクトル

次に、フィラーを充填した成形材料としての熱分解安定性を評価した。図3に250℃の熱風乾燥機中に放置した場合の樹脂換算の重量減少率を示す。NAEの960時間後の重量減少率は1.1wt%とPAEの1/2程度であり、縮合多環構造を持つナフタレン系エポキシ樹脂の高い熱安定性が確認された。

エポキシ樹脂硬化物の高温加熱下での重量減少率の画像

図3. エポキシ樹脂硬化物の高温加熱下での重量減少率

 

3. 多官能性ビフェニル系エポキシ樹脂の特徴

図4にビフェニル系エポキシ樹脂の構造を示す。ビフェニルは二つのベンゼン環が直接連結した構造を持つことによる高い熱安定性に特徴がある。また、屈曲性のない棒状構造であることから、硬化の際の分子のパッキングを抑制して大きな自由空間体積を持つことで靭性の高い硬化物が得られる。ビフェニルアラルキル型エポキシ樹脂(BPE)は、その高い熱分解安定性と耐クラック性から半導体封止材のベース樹脂として広く使用されている。一方、架橋密度が低下することでTgの向上は望めない。その欠点を解決するものとして、多官能性のビフェニルアラルキル型エポキシ樹脂(BDPE)が提案されている。ここでは、これらの樹脂と前項で評価したPAEとの物性を比較する。

多官能ビフェニル系エポキシ樹脂の画像

図4. 多官能ビフェニル系エポキシ樹脂

図5に硬化物の動的粘弾性スペクトルを示す。BPEは、剛直なビフェニル骨格に起因してPAEに対してTgは17℃上昇した。また、BPEのガラス状態でのE’はPAEとほぼ同等の値を取った。ビフェニル骨格に基づく分子のパッキング阻害の程度が小さいためと考えられる。一方、BDPEのTgは212℃であり、BPEに対して57℃高い値となった。ビフェニル骨格の導入に加えて、多官能化に伴う架橋密度の上昇により分子運動が大きく抑制されたためと考えることができる。

ビフェニル系エポキシ樹脂硬化物の動的粘弾性スペクトルの画像

図5. ビフェニル系エポキシ樹脂硬化物の動的粘弾性スペクトル

図6に硬化物の窒素気流下での熱重量示差分析結果を示す。ビフェニル骨格を持つBPEは、PAEに対して分解開始温度および高温での残炭率が上昇した。また、架橋密度を高くしたBDPEの値はさらに向上した。空気中の試験でも同様の傾向が認められ、耐熱性の向上には芳香族構造の導入に加えて架橋密度の向上も重要であることが示された。また、剛直なビフェニル骨格の含有率の高いBDPEは高い熱伝導率を有することが確認されている。

エポキシ樹脂硬化物の熱重量示差分析チャートの画像

図6. エポキシ樹脂硬化物の熱重量示差分析チャート

 

4. まとめ

エポキシ樹脂構造中へナフタレン,ビフェニル等の多環芳香族骨格を導入することにより、分子運動が抑制されることで高温での熱分解安定性が大幅に改善した。また、多官能化を図ることでTgも大きく上昇した。さらに、剛直なビフェニル骨格を導入することは熱伝導率の向上にも効果がある。これらの特性は、放熱性に優れたパワーデバイス用の封止材料や基板材料としての応用が期待される。

 

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