コラム

高熱伝導性に優れた結晶性エポキシ樹脂硬化物の特徴

2024.02.20

高熱伝導性に優れた結晶性エポキシ樹脂硬化物の特徴

1. 結晶性エポキシ樹脂硬化物の概要

エポキシ樹脂は、その良好な耐熱性や耐湿性に加え、機械的および電気的特性にも優れた特徴を有することから工業的に広く利用されている。一方、電気・電子分野を中心とした用途における要求性能の高度化により、いっそうの機能向上が求められている。この背景の一つに車載分野を中心としたパワー半導体の進展がある。これにより半導体を保護するための封止材料や、パッケージを搭載するための基板材料には、耐湿性,耐熱性および低熱膨張性等の機能向上に加えて、発生する熱を効率的に放散させるために高熱伝導性の向上が強く望まれている。
通常、エポキシ樹脂はアモルファス状の硬化物となることからフォノンが散乱し、殆どの硬化物の熱伝導率は0.2W/m・K程度に留まる。エポキシ樹脂の高熱伝導率化の方向性の一つに液晶性のエポキシ樹脂があり、多くの研究例が報告されている。しかし、これらは結晶化に至るほどの高い分子間力と配向性を持たないことから、耐熱性はガラス転移温度(Tg)に大きく依存するとともに、高熱伝導率化等の特性改善も十分ではない。
これらの課題を克服するための手法として、分子間の凝集力を高めた結晶性のエポキシ樹脂硬化物が提案されている。これらは結晶の融解に伴う融点(Tm)を持つことから、Tgよりも高い温度に位置するTmに対応して大幅な耐熱性の向上が期待できる。また、分子間の高い凝集力により低熱膨張性および低吸湿性等の特性改善に加えて、大幅な熱伝導性率の向上を図ることができる。
本稿では、実用的観点から溶融混合性等のハンドリング性を考慮して設計された非メソゲン骨格のジフェニレンエーテル構造を有するエポキシ樹脂からの結晶性硬化物と、より高い耐熱性および熱伝導性の向上を狙いとしたメソゲン骨格を有するビフェニル構造の結晶性硬化物、さらには高温での熱的および力学的安定性等の改善を図った高架橋構造の結晶性硬化物の特徴について述べる。

2. ジフェニレンエーテル構造を有する結晶性硬化物(DPE結晶性硬化物)の特性

硬化物の作成に用いたジフェニレンエーテル構造を有するエポキシ樹脂は、剛直なメソゲン構造を持たないことからその融点は80℃程度であり、硬化剤との溶融混合性や溶剤への溶解性が良好であり、実用面からの取扱い性に優れたものである。

2-1. 結晶性硬化物の物性

結晶性硬化物は、185℃の融点(Tm)を持つ不透明な結晶性の固体として得られる。その結晶化度は、広角X線回折から50%以上と見積もられている。硬化物の動的粘弾性スペクトルを一般的なアモルファス状のエポキシ樹脂硬化物(非晶質硬化物)と比較して図1に示す。非晶質硬化物の貯蔵弾性率(E’)は、そのTgに対応して95℃付近で大幅に低下するが、結晶性硬化物は、100℃付近においても0.5 GPaレベルの高いE’を維持している。その後、E’はTmに対応して190℃付近で大きく低下しゴム状態へ転移する。これは結晶性硬化物がTgではなくTmに対応した耐熱性を有することを示している。実用耐熱性の指標である熱変形温度(HDT)を測定した結果、結晶性硬化物のHDTは183℃であり、非晶質硬化物に対して84℃向上することが確認されている。

結晶性硬化物と非晶質硬化物の動的粘弾性スペクトルの図

図1. 結晶性硬化物と非晶質硬化物の動的粘弾性スペクトル

表1に硬化物の熱機械測定結果および吸水特性を示す。結晶性硬化物の熱膨張率は、非晶質硬化物に対して大幅に低下する。結晶性に基づく高い分子間力により分子鎖の運動が大きく抑制されたためと考えられる。また、吸水率および水蒸気透過度が大幅に低下した。結晶化に基づく分子間の高い凝集力により硬化物の自由体積が減少したことによるものと理解できる。これらは通常のエポキシ樹脂硬化物では達成できないレベルの値であり、結晶構造の導入により初めて達成されるものである。

表1. 硬化物の物性

硬化物の物性の表

2-2. 放熱材料としての物性

球状アルミナを90wt%充填したDPE結晶性硬化物をマトリックスとする成形材料(DPE系成形材料)について、一般的なビスフェノールF型エポキシ樹脂を用いた成形材料(BPF系成形材料)と比較とした。
DPE系成形材料の熱伝導率は4.9W/m・Kであり、非晶質のBPF系成形材料に対して約1.5倍の値となった。さらに、アルミナを94wt%まで充填した成形材料においては、熱伝導率は6.9 W/m・Kとさらに高い値を示した。また、DPE系成形材料の吸水率は0.18wt%であり、BPF系成形材料の0.27wt%に対して30%以上低減することが確認された。

アルミナを充填した成形材料の熱拡散率の温度依存性の図

図2. アルミナを充填した成形材料の熱拡散率の温度依存性

図2に熱拡散率の温度依存性を示す。熱拡散率は温度の上昇とともに低下する傾向にあるが、DPE系成形材料は190℃付近までBPF系成形材料に対して約1.5倍の高い値を示した。結晶性を有することにより分子運動が抑制され、フォノンの散乱が小さくなるためと考えられる。これらの結果は、結晶性樹脂をマトリックスとする成形材料は、パワー半導体が動作する高温領域まで高い放熱性を有することを示している。

3. ビフェニル構造を有する結晶性硬化物の特性

さらなる高耐熱化と高熱伝導率化を狙いとしたメソゲン骨格であるビフェニル構造を含む硬化物(BP結晶性硬化物)の特性について述べる。
BP結晶性硬化物は、DPE結晶性硬化物と同様に不透明な結晶性の硬化物として得られる。剛直な4,4’-ビフェニレン基を有することから、そのTm は245℃であり、DPE結晶性硬化物よりも60℃高い値を持つ。さらに、TgにおいてもBP結晶性硬化物はDPE結晶性硬化物に対して25℃高い値を示す。さらに、BP結晶性硬化物の10wt%重量減少温度(Td10)は、414℃とDPE結晶性硬化物(Td10=408℃)に対して高い値を有しており、熱分解安定性も向上することが確認されている。
また、熱伝導率はDPE結晶性硬化物と同等以上の値を示すとともに、成形材料としての評価においてTmに対応した高温領域まで高い熱伝導率を持つことが確認されている。

4. 高架橋構造を有する結晶性硬化物の特性

さらにTgの向上を狙いとしたものに、前項で述べたBP硬化系に多官能性のフェノールノボラック(PN)を併用して高架橋構造の導入を図った結晶性硬化物(HC結晶性硬化物)がある。
硬化剤中のPNの割合が増すとともに硬化物の結晶化度は低下する傾向にあるが、60wt%までは結晶性の発現が確認されている。PNの割合を50wt%とした場合、硬化物の融点はBP結晶性硬化物よりもやや低下するが、230℃の高い値が維持されている。さらに、硬化物のDMA測定において、PNの添加量が増えるとともにTgは125℃まで向上した。また、HC結晶性硬化物は、その結晶性に起因して、一般的なアモルファス状のエポキシ樹脂硬化物に比べて、熱伝導率および低吸水性が向上することが確認されている。

5. まとめ

ジフェニレンエーテル構造に代表される特定構造のエポキシ樹脂を用いることで、エポキシ樹脂の硬化物は結晶化し、明確な融点を持つ結晶性の架橋高分子となる。その結果、硬化物の耐熱性はその高い融点に対応して、通常のアモルファス状のエポキシ樹脂硬化物に対して大幅に向上する。また、結晶化によりフォノンの散乱が抑えられることで熱伝導率が向上し、この高熱伝導性は融点付近の高い温度まで維持される。さらに、分子の運動が抑制さえることで熱分解安定性も向上する。これらの特性は、放熱性に優れたパワーデバイスの封止材料や基板材料としての応用が期待される。

 

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