コラム

データトラフィックの急伸を支えるフォトニック集積回路

2021.05.19

データトラフィックの急伸を支えるフォトニック集積回路

1. データセンタと光トランシーバの動向

1-1. 光トランシーバの高速大容量化

データセンタはホットである。例えばフォトニクス技術一つとっても、かつては通信インフラ系が技術開発を牽引していたが、今ではデータセンタが主戦場になっている。業界標準を先導しているのもGoogleやFacebookである。また、データ量に伴い消費電力は増大の一途である。そのため消費電力を抑えることが最大の技術課題となっている。
ビッグデータやAIあるいはIoTなどDX(Digital Transformation)の進展に伴いデータセンタのトラフィックは年率70%を超える激しい勢いで成長している。それに伴い、ボード当たりのスイッチングやデータセンタのボード/ラック間を接続する光トランシーバも2年で約2倍のペースで高速大容量化している。
現在の最先端のスイッチング容量は25.6Tbpsに達し、400Gbpsの光トランシーバが64個も接続される勘定である。次世代の800Gbpsの光トランシーバの標準化が進められ、2025年に向け1.6Tbpsの標準化議論が開始されたところである。データエコノミー時代の旺盛なデータ需要に応えるには、さらに高速大容量化に向けた技術革新あるいはブレークスルーが求められている。

光トランシーバの高速化トレンド

図1. 光トランシーバの高速化トレンド

100m以下の短距離では850nm波長VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting LASER)の直接変調、500m~10kmの中距離では1310nm波長のEML(Electro-absorption Modulator Integrated Laser Diode)が使われる。多芯ファイバあるいは波長多重で伝送容量を上げている。120kmの長距離(400G-ZR)では1550nmのDP-16QAM(Dual Polarization Quadrature Phase Shift Keying)デジタルコヒーレント変調が使われる。これには4個のMZ(マッハツェンダ)光変調器が使われる。従来のLN変調器より大幅な小型化が可能なSiフォトニクス技術による変調器が使われている。Intelは中距離の光トランシーバに対してもSiフォトニクス技術を採用している。

1-2. プラガブルモジュールからCo-Packaged Optics(CPO)へ

ボード端に取り付けられるプラガブル光トランシーバが、使い勝手の良さから主流となっている。例えば400Gbpsの100m以下の短距離の光トランシーバSR8 QSFP-DDでは、8アレイのVCSELで56Gbps PAM4(4 Pulse Amplitude Modulation)の4値強度変調された光が8芯のマルチモードファイバに送信される。受信も合わせると16芯となる。受信信号はPD(フォトダイオード)で光電変換され、光信号と同様に56Gbps PAM4の電気信号でボードの中を伝送され、スイッチングICのSerDes(SERializer/DESerializer)と呼ばれるインターフェース回路でアナログおよびデジタル的な等化処理されて復号および低周波並列信号変換される。このインターフェース回路の消費電力が伝送速度と共に増え、スイッチングICの1割以上を占めるに至っている。
次世代の800Gbpsの光トランシーバに対応する電気信号は112Gbps PAMにすることが決まっている。そのため、インターフェース回路の消費電力は30%程度に達するとの試算もある。1600Gbpsではさらにその比率が上がる。データセンタではトータルの消費電力を抑えることが至近の課題であり、そのため20年近く慣れ親しんできたプラガブル光トランシーバに替わる技術が真剣に検討されている。
その有力候補が、光トランシーバをスイッチングICのすぐそばに置く混載実装技術(Co-Packaged Optics:CPO)である。ボード内は光信号のまま伝送させる。電気の伝送距離は極めて短いので、伝送による信号の劣化は少なく、簡単なインターフェース回路で十分なため、低消費電力化が実現できるとのアイデアである。MicrosoftやFacebookが主導する形で2019年にはCo-Packaged Optics (CPO) Collaborationが創設された。Intelも独自の方式でCPOの技術開発を進めている。

1-3. フォトニック集積回路への期待

先に述べたように光トランシーバの一部にはSiフォトニクスが使われ始め、小型化や低コスト化の要求に応えている。CPOでは光トランシーバの小型化が必須であり、Siフォトニクスを始めとするフォトニック集積回路(PIC)の採用は不可避になっている。その先にある光電子回路の融合を進めるには、さらなる高速・低消費電力化に向けたフォトニック集積回路の高度化が求められる。電子回路が分担している信号処理の部分も光に置き換えるような発想の転換も必要となると考えられる。

2. フォトニック集積回路(PIC)

光導波路に何を用いるかによってフォトニック集積回路は表1のように、InP-PIC、Si-PIC、GaAs-PIC、SiN光導波路、および、ポリマー光導波路に大別される。ただし、SiN光導波路とポリマー光導波路は、InP-PIC、Si-PICあるいはGaAs-PICと組み合わせて使うことが想定されている。

表1. フォトニック集積回路の比較

  InP-PIC Si-PIC GaAs-PIC SiN
光導波路
ポリマー
光導波路
波長範囲
(nm)
1,300~2,000 1,300~2,000 700~1,000 400~2,300 400~1,600
最小曲率半径
(μm)
100 10 100 50 500
伝送損失
(dB/cm)
2.5 3 5 0.1 0.1
LD
モノリシック集積
× × ×
PD
モノリシック集積
× ×
変調素子
モノリシック集積
×
CMOS上
モノリシック集積
× ×
製造コスト × ×

 

2-1.InPフォトニック集積回路

InP-PICは10年以上の歴史を持っている。そもそも1310nmあるいは1550nmの通信に使われる波長のレーザダイオード(LD)やフォトダイオード(PD)はInP基板上に作製される。導波路もInPで形成すれば、波長フィルタや合分波器だけでなく、MZ変調器もInP上に形成することができる。しかもエピタキシャル成長と微細加工技術により同一チップ上にこれらの要素デバイスをモノリシック集積すれば、高機能のPICとなる。InP-PICのパイオニアであるInfinera社は2013年に10個の波長可変レーザ、40個のMZ変調器および2個のAWG(アレイ導波路回折格子:波長合分波器)を集積化した500Gbpsの光トランスミッタの試作に成功している。
最近注目されているのは2019年のNTT社の研究成果である。InP基板上にフォトニック結晶光ナノ共振器を搭載したInP-PICを用いて、従来の1/10以下の42aJ/bitと極めて少ないE-O変換素子を実現した。InGaAs埋込ナノ受光器によるO-E変換素子と組み合わせると光波長の変換(乗せ換え)が可能になる。電気による信号処理より格段に小さな消費電力による光信号処理(光ロジック)ICも可能になる。この研究成果は後述するNTT社のオールフォトニクスネットワーク構想(IOWN)のきっかけとなっている。

2-2. Siフォトニック集積回路

SiフォトニクスあるいはSi-PICはCo-Packaged Optics (CPO)に繋がる光トランシーバの小型・低消費電力および低コスト化を実現する最有力候補として注目され、世界的に研究開発が進められている。日本では2012年からNEDOのプロジェクト「超消費電力型光エレクトロニクス実装システム技術開発」として東京大学および産総研内の光電子融合基盤技術研究所(PETRA)を中心に研究開発が進められている。2019年には400Gbpsの小型トランシーバの試作に成功している。 産業的にはSi集積回路のインフラ(製造装置・技術)が使えるため、量産と低コスト化が見通せるところである。技術的にはSi導波路がコア(Si)とクラッド(SiO2など)との屈折率比が大きいため、小さな曲率で光導波路を曲げることができることが特徴である。そのために光変調器や波長合分波器を小型化することが可能になる。光変調器は半導体(Si)のキャリア効果を用い、PDはSiGe混晶材料で実現でき、いずれもSi基板上にモノリシック集積化する。
残念ながら長年の研究にも関わらずSi-LDは実用化のレベルには達していない。そのため、Si集積回路で多用されるバンプを用いた3次元実装でInP-LDを集積化(混載)する。CMOSとのモノリシック集積も可能であり、トータルとしての小型・低消費電力化および高速化に有利である。CPOで光トランシーバがスイッチングICなどと集積化されると温度の上昇は避けられない。一般にLDは熱に弱い。そのため、LDはSi-PICに混載せず、離れたところに置いて光ファイバでSi-PICに導入する形態が検討されている。その場合にはLDがモノリシック集積できないSi-PICの性質は欠点にはならない。
 VCSEL陣営からはSi-PICは決して低コストではないとの分析がなされている。短距離(100m以下)の光トランシーバが800Gbpsおよび1600Gbpsにおいては現状のVCSELからSi-PICに替わるとする意見も根強い。両者は波長範囲が相いれないので、いずれかが選択されることになる。Si-PICの普及を占う点での注目ポイントである。

2-3. GaAsフォトニック集積回路

ラック間などの100m以下の短距離光トランシーバの低廉化を推進してきたのはVCSEL技術である。850nmの波長でGaAs基板を用いる。さらに低コスト化を進めるため、VCSELを中心としたGaAs-PICの研究開発が盛んかというとそうでもない。最近ではSi-PICやInP-PICの影に隠れた形になっている。
VCSELを用いたCPOはIBMやⅡ-Ⅵ(旧Finisar)が米国ARPAのプロジェクトとして推進し、800Gbpsの光トランシーバの試作も進んでいる。ただし、GaAs-PICではない。CMOSのドライバやレシーバのAFE(Analog Front End)-ICやVCSELアレイ、PDアレイをガラス基板上に実装し、マルチモードファイバアレイをVCSELおよびPDアレイに接続する形となっている。つまり、VCSELでは直接駆動(変調)で済み、光導波路を用いた光変調器を必要としないこと、および、短距離であるためファイバアレイで伝送すればよく、波長多重用の波長合分波器も必要としないことのため、PICそのものを必要としない。そのため、GaAs-PICの研究開発が低調となっていると考えられる。

2-4. SiN光導波路

SiN光導波路は最近注目を集め、研究開発が盛んに行われている。無機誘電体光導波路としては石英系が有名で、AWGやスプリッタなどが製品化され、波長多重技術や光加入者技術を支えてきた。ただし、コアとクラッドの屈折率比が小さいため、曲率半径が大きく、PICへの適用には難がある。これに対してSiNは曲率半径を小さくすることができる。伝送損失では石英系に劣るものの、Si光導波路やInP光導波路に比べて低損失との特長がある。
SiN光導波路は波長光合分波器を小型でかつ低損失で作成することが出来る。SiN光導波路の非線形性を用いると、単一波長のポンプLDから規則的な複数の波長を持つ光周波数コムレーザ光を生成することが可能になる。また、リング共振器フィルタに金属薄膜ヒータを組み合わせるとチューナブルな波長フィルタとなる。これらのデバイスは高密度波長多重(DWDM)光モジュールを小型・低コストに実現する技術の礎となる。
Si基板上にSi-PICとSiN光導波路をモノリシック集積する検討も行われている。光トランシーバだけでなく、自動運転用の障害物センサで注目されているLiDAR(Light Detection and Ranging)への適用も検討されている。

2-5. ポリマー光導波路

ポリマー光導波路の歴史は古い。ボード内光配線や光スプリッタなどへの適用が検討されてきたが、大きな産業には育たずに撤退したところも多い。アクリル系、エポキシ系、シロキサン系、シリコーン系あるいはポリイミド系など多種多様な材料が検討されてきた。伝送損失、リフローに耐えられる耐熱性、あるいは損失の偏波依存性などを改善する努力が積み重ねられてきた。長波長帯(1310nmあるいは1550nm)では損失が多いとの欠点も、水素をフッ素に置換することで解消に向かっている。シングルモードの低損失伝搬を可能とする微細加工技術も進んできた。
PICの研究開発が盛んになってきたことで、再び光が当たろうとしている。まずは、光径の小さなSi光導波路と光ファイバを接続する展開用光配線としての応用が有望である。例えば先に述べたPETRAの400Gbpsの小型トランシーバ試作にも展開用光配線としてポリマー光導波路が使われている。
ポリマーに電気光学(EO)効果を有する色素を添加することで、MZ光変調器を作ることが出来る。小信号帯域が170GHzに達する、Si-PICを凌駕する光変調器の試作も行われている。また、米国のLightwave Logic社はポリマーPIC(P2IC)による50Gbpsの光変調器の製品化を狙い、プロトタイプを評価のために顧客に提供している。 Si導波路にEOポリマーを塗布したハイブリッド構造はSi光変調器より高速で動作し、かつCMOSの低電圧で直接ドライブが可能であるとの試作結果もある。100Gbpsを超える高速変調が必要となる1600GbpsのCPO時代の有望な光変調器と言える。
ポリマー光導波路がどのような形でPICの進展に寄与するかは、今後の材料開発も含めた研究開発に掛かっている。

3. 最後に

NTT社は2019年にインフラだけでなく、データセンタ内およびボード内の伝送や処理回路まで光化するオールフォトニクスネットワーク構想IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を発表し、Intel社などの海外企業も巻き込んで国際的なフォーラムを発足させた。上記のPICの枠を超え、極低消費電力の光ロジック素子を組み込んだ光電融合型の光プロセッサの開発まで視野に入れている。データ需要の爆発的な増大を目の当たりにすると、実現されるのはそんなに先の話ではないような気がする。電子光技術が大きな曲がり角に差し掛かっているとの表現も誇大ではないかもしれない。

 

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