コラム

テラヘルツ波誘電体導波路

2023.03.22

テラヘルツ波誘電体導波路

1. テラヘルツ波誘電体導波路の概要

通信や計測あるいはセンサなどの応用領域でテラヘルツ波の開拓が進んでいる。10年後のBeyond 5Gでは300GHz程度のテラヘルツ波が使用されるようになる。テラヘルツ波はマイクロ波と光波の境界領域の電磁波であると言われてきた。とすれば、有線でテラヘルツ波を伝送する場合、その伝送媒体はいかなる形態になるのであろうか?
100GHz未満のマイクロ波領域ではメタルをガイドとする導波路が通常使用されている。導波管や同軸ケーブル、PCBやチップ内ではマイクロストリップ線路やコプレーナ線路が使用される。テラヘルツ波でも同様にメタルガイドの導波路が使われてはいる。ただし、例えば導波管の場合、その空洞サイズは周波数増大と共に小さくなり、テラヘルツ波ではメタル加工も大変になる。そればかりではなく、メタルの抵抗による損失が大きくなり、1mといった近距離の伝送もおぼつかない。マイクロストリップ線路では、誘電体損失や空中への漏洩も加わり、伝送損失はさらに大きくなる。PCB内の伝送には適さないと言われている。
例えば、データ通信用の光トランシーバでは400Gbpsの普及が進んでいる。PCB内ではそれぞれ50Gbpsの伝送速度の信号線8本で伝送する。メタルガイド線路のマイクロストリップ線路や2線差動方式の同軸線路が使われる。同軸線路は隣接キャビネット間の接続にも利用される。変調方式はPAM4と呼ばれる2多重方式で、Baud速度は25Gbps、周波数帯域は約14GHzである。次世代の800Gbpsトランシーバでは2倍の周波数、つまり28GHzに対応する必要があるが、材料の低損失化等によって、現状方式の延長で対応できる。ただし、その次の56GHzになると、難しいと言われている。
光波の領域では光ファイバや石英系光導波路、つまり誘電体の導波路が一般に使用されている。極めて低損失で、100kmといった長距離の伝送も可能にしている。
テラヘルツ波領域ではメタルガイド導波路に替わり、誘電体導波路が有力な候補として検討されている。ただし、光における石英のような低損失の媒体(材料)は開発課題である。そのため、製品化がどんどん進んでいるわけではなく、大学や研究機関を中心に研究開発が進んでいるといった状況である。伝送損失だけでなく、導波路の周波数分散による符号間干渉などの課題もある。さらに送信・受信デバイスとの接続やインピーダンス整合(反射の抑制)も課題である。
高抵抗のシリコン(Si)は誘電体導波路に適した低損失の材料と言われている。PCBやケーブルへの適用を考えた場合には、安価なポリマー材料が望ましい。テラヘルツ波領域で誘電正接tanδが小さい材料である。また、空中への漏洩を避けるためには、フォトニッククリスタルの適用が検討されている。平面型誘電体導波路になると、光の導波路と同じように、合分波機能や周波数フィルタなどの機能が実現できる。また、液晶と組み合わせて、フェーズドアレイアンテナを誘電体導波路で実現することも可能になる。
本稿では、ケーブル、PCB内、パッケージ・チップ内伝送といった距離による実現形態と機能性導波路について解説する。

テラヘルツ波誘電体導波路の体系のイメージ画像

図1. テラヘルツ波誘電体導波路の体系

 

2. ケーブル伝送

距離が長くなると、テラヘルツ波を光のキャリアに乗せ換えて、光ファイバで伝送するToF(Terahertz-over-Fiber)といった手法が現実的である。しかし、数mの距離では、EO/OE変換することなく、テラヘルツ波のままケーブルで伝送することが簡易で経済的である。
光ファイバと同じように、誘電率の高いコアと誘電率の低いクラッドの組合せが標準である。しかし、電磁波のエネルギーは全て誘電体に閉じ込められるので、誘電体による損失が大きくなる。国立台湾大学の研究グループはコアだけの誘電体ケーブルを試作した。コアの径は電磁波の波長より小さくし、空気をクラッドとすることで、損失を低減させようとの試みである。200μm径のポリエチレンのコアを用い、310GHzを伝送し、減衰係数として0.001cm-1(0.004dB/cm)を得ている。10mの伝送も可能であるが、クラッドがない状態でケーブルとして使用するのは実用上難しい。
テラヘルツ波ファイバの断面形状としては、いくつかの試行がなされている。クラッドを中空にして誘電率を下げる、あるいはクラッドをフォトニッククリスタル(中空格子)として電磁波の漏洩を抑制することなどである。また、導波路の分散を補償するため、逆分散の導波路を接続するといった検討も行われている。
Intelは長方形(2.4×1.2mm)のフッ素系樹脂PTFEコアと延伸(e-)中空PTFEクラッドによる誘電体ケーブルを試作し、134GHzで損失5.3dB/mの誘電体ケーブルを試作している。パッチラウンチャーを介して送受信ICに接続し、134GHzをキャリア周波数として50Gbps-16QAMの変調信号を3m伝送することに成功している。
また、NTTドコモはミリ波(60GHz)ではあるが、コアとクラッドにPTFEを用いた誘電体導波路ケーブルを用い、その途中を例えば「洗濯ばさみ」でつまむことで、その部分を漏洩アンテナとする「つまむアンテナ」を試作している。ビデオ信号(HDMI)の送信するデモンストレーションを行っている。誘電体導波路ケーブルの応用分野として注目される。

3. PCB内伝送

PCB内の伝送はケーブルによる伝送より短距離であるが、小型、高密度で屈曲が多い配線にする必要、さらには交差配線や隣接配線のクロストークの抑制など、多くの課題を抱えている。
PCB内に埋め込む導波路ができれば、組立上は経済的になる。信号線の本数が少ない場合には空中配線も現実解である。光ファイバや2芯同軸配線がPCB上に敷設されているのと同じイメージである。
Siリボン導波路でPCB上のチップ間を空中で接続する技術を開発している例もある。また、MITの研究グループは市販のセラミックを含有させたPTFEコンポジット誘電体ラミネート基板(250μm厚)を幅400μmのリボン状にレーザ加工で切り出し、チップ間を接続する導波路としている。周波数275GHz(帯域幅50GHz)の信号に対して、0.5dB/cmの伝送損失を得ているが、伝送距離は2cmと短い。チップと導波路の結合損失の方が大きく、4.8dBである。
硬い導波路より、空中配線ではフレキシブル導波路(FPC)が好まれる。例えば、5Gスマートフォン内のミリ波(28GHz)送受信回路とアンテナ間の接続に使用されている。送受信回路がテラヘルツ波になっても、同様なフレキシブル導波路は有用である。例えば、アルミナ(セラミックス)コアとポリマークラッドによるフレキシブルなテラヘルツ波導波路の検討が行われている。

4. パッケージ・チップ内伝送

機能の異なる集積回路、例えばベースバンド信号処理回路とテラヘルツ波回路をインターポーザ上に実装する技術開発が進んでいる。最近の用語では「ヘテロジニアス集積回路」である。
伝送距離は短く、導波路の伝送損失以上に、チップと導波路との接続が重要になる。送信回路と導波路との接続部分をラウンチャーといった表現をする場合もある。ラウンチャーは、自由空間でないが、導波路に電波を送信する部分であることから、一種のアンテナとの解釈もできる。先のIntelの例では、積層パッチ(アンテナ)を用いて、誘電体導波路ケーブルにテラヘルツ波を結合させている。
チップ内の導波路で距離が短い場合には、必ずしも誘電体導波路に拘らなくてもよい。むしろ、コンパクトなメタルガイド導波路でも良い。距離が長い場合には、フォトニッククリスタルにしてもよい。

5. 機能性導波路

平面状の誘電体導波路は機能性持たせることもできる。例えば、光の領域ではPLC(Planar Lightwave Circuit)と通称される石英系光導波路を用いて、合分波器や異なる波長の光を合分波することができるAWG( Arrayed Waveguide Grating)が実現されている。テラヘルツ波の領域でも同じような機能が実現できるはずである。
大阪大学では高抵抗Siを用いたテラヘルツ波誘電体導波を用いて、合分波器やカップラなどの機能を実現している。さらに、フォトニッククリスタルのバンドギャップ効果も利用して、周波数フィルタなどを試作している。
フォトニッククリスタルではないが、平面誘電体導波中に空けた円形空洞アレイの密度を場所によって変えると、実効的に誘電率が分布した導波路となる。いわゆる平面レンズを形成し、拡がった平面波を生成することもできる。位置合わせマージンの大きな導波路間の接続やアレイアンテナへの給電などに利用できる。アレイアンテナへの給電途中に液晶材料を挿入して電圧によってアンテナ毎の位相を調整すると、フェーズドアレイアンテナになる。
MITでは誘電体導波路中に非線形材料を挿入し、周波数を逓倍できることを発表している。例えば、100GHzの発振器を基に、200GHz、400GHz、あるいは800GHzと段階的に高い周波数を発生させることが可能になる。非線形性を高めるために、電界を集中させる構造を提案している。逓倍回路はミリ波のトランスミッタではよく使われている回路で、半導体デバイスの非線形性を利用している。ある意味パッシブな導波路であるので、低消費電力化が期待できる。

6. 最後に

Beyond 5Gや光トランシーバの高速化、プロセッサの高性能化、いずれの技術領域でもテラヘルツ波は避けて通れない。このように、テラヘルツ波の実用化が迫る中、テラヘルツ波に適した導波路の研究開発は加速されると考えられる。
メタルガイド導波路の限界が見える中、誘電体導波路は有力な候補である。ただし、構造、材料、機能のいずれをとっても課題は山積みである。特に材料は、ポリマー、セラミックス、半導体、あるいはその複合(コンポジット)が考えられているが、さらなる低損失化が求められている。アクティブデバイスとの接続の問題もある。フォトニッククリスタルや非線形媒質といった新しい武器が強い味方になってくれるはずである。
ミリ波導波路の材料開発の目途が立ちつつある状況を考えると、その次を狙ったテラヘルツ波導波路の研究開発動向は見逃せない話題である。

 

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