コラム

量子コンピュータの実用化と今後

2022.02.14

量子コンピュータの実用化と今後

1. 量子コンピュータの概要

量子コンピュータは、電子や光子などの量子状態(重ね合わせと量子もつれ)を利用して超並列的に計算を行うため、古典コンピュータで解けないような規模の大きな計算ができるのではと期待され、Google、IBMなどの大手やスタートアップが争って開発を進めている。量子は重ね合わせ状態を測定すると、重ね合わせ比率の確率でどちらかの状態に定まるというのが量子力学の法則である。そのため、計算の途中は重ね合わせ状態を積極的に利用して超並列的計算をさせ、最終段のところでは量子干渉効果により重ね合わせが解けた状態になるような量子コンピュータアルゴリズムを利用する。計算途中はアナログ的であり、熱雑音などによって誤差を生じ蓄積していくため、現状の量子コンピュータは近似的量子コンピュータと呼ばれている。古典コンピュータとのハイブリッドで問題を解くなどして対応することが検討されている。量子コンピュータで実用的な問題を解くには、規模の拡大と並行して誤り耐性を高める技術が必要でその実現に向けた開発が進められている。
組合せ最適化問題に特化した量子アニーリングが商用化では先行している。都市交通流の最適化や機械学習データの生成などへの応用が期待されている。これに対して、量子ゲートを用いた汎用型は暗号解読や量子化学計算など応用範囲が広く、本命技術と注目されている。
量子ビットとして極低温を必要とする超伝導方式が先行しているが、常温で動作するイオントラップ、光量子やダイヤモンドスピンの各方式についても実用化の域に達した。Siトランジスタ技術を発展させた方式や、トポロジカル材料で出現する新量子を利用する方式の研究開発も行われており、正に戦国時代である。
これらの実現方式を動作温度(常温/極低温)および形態(真空中/固体)で分けると図1のようになる。本稿ではGoogleやIBMが取組先行している超伝導方式以外にも最近次々に実用化が進んでいる常温方式も含め、ハードウェア開発を中心に実用化の現状や動向について紹介する。

量子ビット実現方式のマトリクス画像

図1. 量子コンピュータの要素である量子ビットを実現する方式

2. 超伝導方式

D-Waveは1999年創業のカナダのベンチャー企業で、2011年に世界で初めて量子コンピュータD-Wave One(128量子ビット)を商用化した。組合せ最適化(量子アニーリング)に特化したマシンである。極低温(15mK)の超伝導素子から構成されており、最新のD-wave advantageは5,000以上( 264量子ビット×27ユニット)の量子ビットを有する。アプリケーション・ソフトウェアも充実しており、機械学習に必要なサンプリングへの応用にも有効であるとされている。しかし、組合せ最適化では量子ビットを模倣したCMOSによる疑似量子コンピュータの進展が著しく、本家の量子アニーリングに一時の輝きはないとする意見もある。
量子コンピュータの本命は量子ゲートを用いた汎用型と言える。量子コンピュータ向けのアルゴリズムを用いることで、現状方式の古典コンピュータで解けないような大規模問題、例えば暗号解読(素因数分解)やデータ探索ができるという。量子コンピュータの将来の実用化を想定して、量子コンピュータでも解けない暗号(量子耐性暗号)の開発が逆に進められているような状況である。
超伝導方式の汎用量子コンピュータで先行しているのはGoogleとIBMの2社である。
Googleは2019年秋に、従来型のコンピュータでは到達し得ない計算能力を持つことを示す「量子超越性」を実証したと発表し、世界的な話題となった。現状の量子ビット数は54個と少なく誤り訂正機能も付いていないが、100万量子ビットの誤り耐性汎用量子コンピュータを2029年に実現することを目標として開発を進めている。そのために人が何人も入るような巨大極低温の冷凍機も設計している。
IBMは2016年に超伝導素子を用いた5量子ビットの汎用型量子コンピュータをクラウド経由で提供したのを皮切りに、2017年には16量子ビットの商用マシン、2019年には27量子ビットの超伝導チップを開発し、それを搭載した量子コンピュータが2021年7月には日本で稼働が始まった。2023年には千量子ビット、その後にGoogle同様100万量子ビットを目指している。
100万量子ビットで誤り訂正機能を付加して動作させることで初めて古典コンピュータで解けないような素因数分解(暗号解読)ができるのだそうである。

3. イオントラップ方式

米国スタートアップIonQはイオントラップ方式の汎用型量子コンピュータの商用化を進めている。2021年10月にIPOを果たし、6.35億ドルもの大きな資金を調達した。
イオントラップ方式は、マイクロ波とDC電界によるポテンシャルの谷間の空間にイオンを局在化させ、その量子状態(電子準位)をレーザ照射で制御あるいは読み出す。高真空は必要だが、室温でレーザ光照射により実効温度を数μKまで冷却できるので、誤りが少なく、長時間(数10秒)の動作が可能になる。現在32量子ビットまで実現している。誤りが少ないため、量子コンピュータとしての計算能力は超伝導方式より優れているという。アマゾンのクラウドを介したサービスも始めている。
HoneywellはIonQと並んで、イオントラップ方式で世界の先頭を走っている。量子電荷結合素子(QCCD)によるイオントラップ方式のデバイスを搭載し、全結合型10量子ビットを実現している。QCCDは大規模化に向いているという。イッテルビウム(Yb)イオンを用いる。量子ビット数は少ないが、誤りが少ないため、IBMが量子コンピュータの指標としている「量子ボリューム」で比較すると、IBMの最新商用機64量子ボリュームに対して、512量子ボリュームと圧倒している。クラウドベースの利用サービスも行っている。

4. 光量子方式

カナダのスタートアップXanaduは光量子方式の汎用型量子コンピュータを開発しており、第1世代(8量子ビット)をクラウド上でサービス開始している。スクイーズド光という特殊な状態の光子による誤り耐性のある量子ビットを生成し、シリコンフォトニクスによる回路で演算させる。室温で動作する。シリコンフォトニクスを200mmラインで量産可能なベルギーの著名研究機関IMECと連携し、100万量子ビットの実現に向けて開発を進めるという。

5. ダイヤモンドスピン方式

オーストラリアのスタートアップQuantum Brillianceはダイヤモンド中のNVセンタ(窒素−空孔複合体欠陥)のスピンを用いた量子コンピュータを実用化した。現在5量子ビットであるが、2025年には50量子ビットまで高めるという。室温で動作し小型であるため、GPUアクセラレータと同じようにサーバに実装できるのが特徴である。2021年4月に、オーストラリア・パースのPawsey Supercomputing Centreにダイヤモンドベースの量子アクセラレータを導入すると発表した。

6. Si方式

Intelは22nmのFinFET(MOSFET)技術を発展させたSi量子ビットの開発に注力している。微細化によりチャネルに単電子を蓄積して、そのスピンに磁場をかけて準位を分離し、マイクロ波で制御する方式である。低温ではあるが超伝導方式に比べると高い温度の4Kでの動作に成功している。冷凍機に対する負荷が軽くなるし、将来的には液体窒素程度の温度でも動作するのではないかと思われる。蓄積してきたSiの製造技術がそのまま生かせるのも大きな特徴である。300mmウエハを用いて55量子ゲートなどを試作している。まだサービスできるレベルではないようであるが、大規模化は得意とする領域なので、実用化した時のインパクトは大きい。
なお、日本では日立製作所が同種の技術開発を進めている。

7. トポロジカル方式

マイクロソフトは理論的に予測されているマヨラナ粒子と呼ばれる量子をトポロジカル絶縁体により実現し、これを用いた量子コンピュータの開発を進めている。
しかし、マヨラナ粒子の存在を確認したとする2018年にNatureに発表した論文を、実験結果の取り扱いが不十分だとして2021年3月に撤回するという事態になり、研究開発は「後退」したと言われている。今後挽回できるかが注目される。

8. 最後に

Googleが古典コンピュータを超える「量子超越性」を実証したことが大きく新聞紙上でも取り上げられ、明日にでも古典コンピュータに取って代わるような印象を振りまいている。専門家の言では、何ら実用的な問題を解いたわけではなく、実用レベルで「量子超越」するのは10年程度の歳月を必要とするようである。
誤り訂正機能付き量子ビットの大規模化の研究以外に、量子コンピュータの応用という観点では、2つの方向の検討が進んでいる。一つは誤りのある量子コンピュータを前提に、古典コンピュータとハイブリッドで動作させて実用的な問題、例えば量子化学計算や量子回路学習に適用できないかとの方向で研究が進められている。今一つは、将来大規模で誤り訂正機能付きの量子コンピュータができるのを前提に、どのような応用分野があるのか、そのための量子アルゴリズムを考案するといった研究である。
いずれにしても量子コンピュータのインパクトは大きく、その裾野も広い。この大きな流れに乗り遅れないためには、どのような材料、デバイスあるいは製造技術が使われるか、さらには量子コンピュータの適用が研究開発や各種応用技術にどのようなインパクトを与えるのか、今から真剣に考えておく必要があろう。

 

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