コラム

ピエゾMEMSデバイスの技術開発動向と今後

2023.03.28

ピエゾMEMSデバイスの技術開発動向と今後

1. ピエゾMEMSデバイスの概要

圧電(ピエゾ)効果は、物質に圧力を加えると電荷/電圧が発生する現象で、有名なキュリー兄弟の1880年の公開実験まで遡る。逆に電圧を印加すると物質が変形する現象は逆圧電効果と呼ばれている。両者をまとめて圧電効果という場合も多い。MEMS技術と組み合わせて、微小なセンサ(圧電効果)やアクチュエータ(逆圧電効果)としたものがピエゾMEMSデバイスである。
良く知られているピエゾMEMSの応用例は、インクジェットプリンターのプリントヘッドである。アクチュエータ型のデバイスで、電圧を印加することでインク溜まりを変形させてインクを吐出させる。ヒータで加熱してインクを吐出させるサーマル方式に比べて、性能の劣化が少なく、インクに対する悪影響も少ない。駆動する電圧波形を精密に制御することで、インク滴の量(サイズ)をコントロールすることも可能である。圧電材料としては鉛を含むPZT(チタン酸ジルコン酸鉛)がよく使われている。
圧電材料を用いた微細デバイスとしては、表面弾性波(SAW)とバルク弾性波(BAW)マイクロ波フィルタが、大きな市場を形成している。各国の周波数帯域に対応するため、スマートフォンには50以上のSAW/BAWフィルタが使われている。SAW/BAWはピエゾMEMSデバイスの最大の市場を形成している。特にBAWを実現するために圧電薄膜AlNの堆積法や加工法が確立されたことは、ピエゾMEMSデバイスの応用領域を拡げる上で大きなインパクトがあった。さらに、Scを添加したScAlN膜によって圧電効果を高めることができる。鉛フリーの材料であるため、いずれ規制されるであろうPZTより将来性がある。
プリントヘッドやSAW/BAWはピエゾMEMSの中でも歴史の長いデバイスであり、それぞれ一つの産業領域を形成している。本稿では、ピエゾMEMSデバイスとして最近注目され今後実用化が進むと期待される、マイクロフォン,マイクロスピーカ,PMUT(超音波トランスデューサ)およびマイクロミラーの4つの領域についての技術開発動向について説明したい。
これらのデバイスの基本構造は類似している。平面形状としては、一端のみが支持固定されるカンチレバー、あるいは周縁がすべて固定されるダイアフラムがある。断面構造は、電極で挟まれた圧電薄膜と支持誘電体薄膜の2層構造であるユニモルフと、2層の圧電薄膜を3層の電極で挟んだバイモルフ構造がある。さらに積層した構造もあるが、実用的にはさほど検討されていない。

ピエゾMEMSデバイスの断面模式図

図1. 代表的なピエゾMEMSデバイスの断面模式図

2. マイクロフォン

圧電MEMSマイクロフォンは、実用化が進んでいる。実用化しているのは米国ベンチャー企業のVesper社である。AlN圧電薄膜を用いた独自のカンチレバー構造によって、先行する容量型MEMSマイクロフォンに迫る特性の製品が発売されている。正方形の周縁を固定し、対角線のスリットで4片の三角形としたもので、音圧に応答して4片が同一方向に変形するため、スリットの間隔が一定に保たれ、低周波での感度劣化が抑制される構造で、断面はバイモルフ構造である。ScAlN圧電薄膜についても検討され、スマートフォンやスマートスピーカ等への搭載が期待されている。
容量型MEMSマイクロフォンは、2枚の平行する薄膜間の容量が音圧によって変化する現象を用いて音響を検出している。大きな音圧とバイアス電圧によって薄膜が接着するため、大音響に弱いと言われている。また、水や塵芥が薄膜間に付着すると正常な動作が期待できないといった耐環境性に劣るといった欠点もある。これに対して、ピエゾMEMSマイクロフォンは、1枚のカンチレバー構造であるので、上記の容量型の欠点は解消される。過酷な環境に強い、あるいは雨天や水中での動作も期待できるとされている。 容量型MEMSマイクロフォンのようにバイアス電圧は必要としない。そのため、一定以上の音圧があることを検知して電源をオンにするウェイクアップ動作も可能である。スマートスピーカーなどの待機電力をゼロにすることも可能である。
同社は骨伝導による自身の音声をモニタし、これをもとにノイズキャンセルするような製品も発売している。

3. マイクロスピーカー

マイクロスピーカーは今後市場の拡大が期待されているピエゾMEMSデバイスである。大きな分類でいうと、逆圧電効果を利用したアクチュエータで、信号電圧を圧電薄膜の振動に変えてスピーカーとするものである。 オーストリアのベンチャー企業USound社は、PZT圧電MEMSを使用したスピーカーの製品化に成功している。圧電膜の振動をその上の付着させたダイアフラムに伝達して音波を発生する機構である。小型であることからイヤホンに装着して、AR/VRやスマートグラス、あるいは難聴者の補助機器としての使用を想定している。従来のスピーカーに比べて設計の自由度が増すという。 米国ベンチャー企業のxMEMS社は、カンチレバーライク構造の圧電薄膜そのものを振動させて音波を発生させる。Siウエハプロセスで製造することができる、純粋な意味でのピエゾMEMSスピーカーと言える。応答性が高く、なおかつ小型である。ただし、1個のデバイスでは音量が小さいため、これをアレイにして使用する。Siウエハプロセスのみで製造できるため、低コストでかつ高い再現性も期待できる。イヤホンタイプのAR/VRやスマートグラスなどへの応用を想定している。

4. PMUT(超音波トランスデューサ)

PMUT(Piezoelectric Micromachined Ultrasonic Transducer:圧電MEMS超音波トランスデューサ)は、超音波の送信(スピーカ)と受信(マイクロフォン)を兼ね備えたデバイスである。ダイアフラム型の構造で、超音波出力を大きくするなどのためにアレイ化する。空間的分解能を良くするために、単一パルス的な振動が好ましい。高出力化のために共振周波数で動作がさせるが、単一パルス動作は、周波数特性としては、帯域幅を広くすることと同義である。そのために、いくつかの構造的な工夫が試みられている。
医療用超音波診断装置としては、PZTなどのバルク圧電セラミックスをアレイに加工して使用している。これに対してPMUTは、半導体加工技術を用いて、小型化・低コスト化できることから、容量型のCMUT(Capacitive Micro-machined Ultrasound Transduce)とともに、次世代の超音波トランスデューサとして期待を集めている。また、医療用超音波診断装置以外への応用も検討されている。
圧電材料を用いてインクジェットヘッドを製造しているFujifilm Dimatix社は、ドーム形状をしたPZT-PMUTを試作している。帯域幅を広げるためにドームの径を変えてアレイ化している。インクジェットヘッドと材料・構造的に類似してることから、同業界のPMUTへの関心は高い。
EXO Imaging社は2015年創業のスタートアップである。既に$300M以上の資金を獲得して、ハンディタイプの超音波診断装置の実用化を進めている。振動板を楕円型の異形平面形状とすることで、複数の共振周波数を連ねて帯域幅を広げている。また、2次元アレイとし、ドライバ/レシーバCMOS回路上にPMUTアレイを3次元フリップチップ実装する。各振動板の振動位相を変えるフェーズドアレイ型にすることで、物理的にスキャンすることなく、電子的なスキャンを可能にしている。在宅やベッドサイドでの検査POCT(Point-of-Care Test)用途を想定している。介護や新型コロナ対応などで注目されている医療分野である。
PMUTはトランシーバを小型化できることから、カテーテルに装着して血栓などの状況を血管内部から検査するIVUS(IntraVascular UltraSound)への適用も試みられている。
TDKは、米国大学発のスタートアップChirp Microsystems社を買収して、PMUTアレイを用いた3次元超音波センサ(レンジファインダ、ToF:Time-of-Flight)を製品化した。AlN圧電薄膜を使用したダイアフラム形状のPMUTであり、ドラーバ/レシーバCMOS回路と一体化している。PMUTとしては比較的低周波の85kHzを利用する。簡易なLiDARといった感じで、介護施設でのモニタ、セキュリティ、ジェスチャー入力、ドローンのToFセンサといった応用を想定している。
この他、内皮の指紋センサなどへの応用も検討されている。表皮に比べて偽造が困難で、セキュリティが向上する。

5. マイクロミラー

ピエゾMEMSアクチュエータの大きな応用分野にマイクロミラーが挙げられる。単に鏡の角度で変えて光の反射の方向を変えるだけでなく、焦点距離も変えることができる。凹面鏡を構成する薄膜を圧電薄膜の複合構造にすることで、その曲率を印加電圧に変える仕組みである。マイクロミラーとしての機能と自由度が向上する。AlNあるいはScAlN圧電薄膜での試作が行われている。
光通信に用いる空間型光スイッチ、LiDAR、VR/ARヘッドセット、医療OCT(Optical Coherence Tomography)イメージングなどへの応用が想定されている。

6. 最後に

ピエゾMEMS技術によって、LSI(CMOS)と圧電デバイスとの距離が一気に縮まった。大手CMOSファウンドリーのGlobal Foundries社やST Microelectronics社などが、ピエゾMEMSのファウンドリーサービスも行っている。圧電デバイスとCMOS送受信回路とのモノリシック集積化あるいはウエハボンディングによる3次元集積化も可能になっている。
もはや圧電デバイスは特殊なデバイスではない。製品コンセプトとデバイス設計力さえあれば、量産製造技術へは容易にアクセス可能である。スタートアップのスピード感は既存企業の常識を超える。小型・低コスト化に伴い、応用領域が一気に広がる可能性もある。開発動向に目の離せない技術領域の一つである。

 

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