コラム

シリコンフォトニクスの課題と応用例

2022.02.11

シリコンフォトニクスの課題と応用例

1. シリコンフォトニクスの概要

シリコンフォトニクス(SiPh)は、データセンター用光トランシーバの高速大容量化および次世代のCo-Packaged Optics(CPO)に必要不可欠なものと考えられ、Intelを始め、Ciscoや富士通、II-VIなどの光トランシーバメーカーが開発を競っている。例えば、データセンター間を接続する400Gbps/120kmの最新規格400G-ZRでは、多重化(DP-16QAM)するために光変調器を多数使う。業界標準の小型パッケージOSFPに搭載するためにはシリコンフォトニクスは必須である。短距離では高速化に伴いPCB内を電気配線で伝送することが困難になってきており、スイッチなどのLSIの近くまで光ファイバで伝送し、LSIと同じパッケージ内で光-電気(OE)変換するCPOが必要になると言われている。この場合も、OE/EO変換回路を小型化するためにシリコンフォトニクスは欠かせない。
シリコンフォトニクス関連の論文数の推移を見ると、シリコンフォトニクスに対する期待が顕著に表れている。2005年頃から論文数はほぼ一直線で伸びており、飽和する様子は感じられない。

シリコンフォトニクス関連の論文数推移の画像

図1. シリコンフォトニクス関連の論文数推移

シリコンフォトニクスの応用分野は光トランシーバに留まらない。例えば、自動運転に必要なLiDAR、NTTの光電融合技術を中心としたIWON、光ニューラルネットワーク、あるいは光量子コンピュータへの応用が模索されている。本稿では、このような光トランシーバ以外への応用を中心に技術動向を紹介する。

2. シリコンフォトニクスの技術課題

シリコンフォトニクス(SiPh)は、コアをSi、クラッドをSiO2とする比誘電率の差異の大きな材料を使用することによって、曲率半径が10μmと小さな光導波路を中心に波長フィルタや光変調器、光スイッチ、SiGe(あるいはGe)フォトダイオードなどの構成部品をSi基板上にモノリシック集積する技術である。Si集積回路の製造技術がほぼ流用できるため、集積規模を上げることは得意である。IMECや産総研のような研究開発用のファブだけでなく、GlobalFoundriesやTSMCといった巨大ファウンドリーも製造を受託する体制ができている。既に1万個以上の要素デバイスを集積化したような回路も試作されている。
少し距離のあるところの伝送に対しては、伝送損失の小さなSiN光導波路を用いる技術も併用されている。従来のSiO2導波路に比べると伝送損失は大きいものの、SiO2との比誘電率差が大きいため、曲率半径が50μmと小さいことが特長である。SiN光導波路の非線形性を利用して周期的な波長を有する光コム光源を作るといったことも検討されている。1個の半導体レーザダイオード(LD)からDWDMの多波長光源を作ることができるため、波長多重したDWMD光トランシーバを小型に作製することも可能になる。
Siは光源とはならないのが欠点である。Si上にInP系半導体をヘテロエピタキシャル成長してLDをモノリシック集積することも不可能ではないが、LDの占める面積がチップ全体の一部であることを考えるとコスト的には成立しない。別途製造したLDチップを3次元集積的にシリコンフォトニクス上にハイブリッド実装する方法は現実的である。ただし、シリコンフォトニクスは発熱するSi集積回路の近くに設置され、温度が上昇することを考えると、熱に弱いLDの信頼性を確保するためには冷却(放熱)に工夫が必要である。LDはシリコンフォトニクスとは別の場所に設置し、光ファイバで接続することも、もう一つの現実解である。
Si光導波路によるリング共振器やマッハツェンダ干渉計を利用して光変調器を構成することができる。しかし、将来必要とされる100GHz超の超高速変調は難しいとされている。そこで登場するのはポリマー光変調器である。Si光導波路とのハイブリッド型も知られている。
なお、ポリマー光変調器に関しては別稿「ポリマー光変調器の技術動向と今後」にて紹介する。

3. LiDARへの応用

Intelは、2021年初頭の世界的な展示会CES2021で車載LiDARにシリコンフォトニクスを応用することをアピールし、そのプロトタイプを大々的に発表した。どこまでLiDARとして動作しているかどうかは不明である。Intelは2025年の実用化を目指すという。
現在の機械回転式LiDARや実用化が進んでいる固体型LiDARと比べて大きく異なる特徴は、マイクロ波レーダで使われるFMCW(周波数変調連続波)方式を採用し、障害物の位置だけでなく、その速度もドップラー効果を用いて同時に計測することが可能になることである。つまり波長可変LD(例えば温度変化によって波長を掃引することが可能)を光源に用いる。
シリコンフォトニクスのスプリッタで分岐して多数の並行するSi導波路に光を伝搬させる。各導波路の光の位相を導波路の加熱することで制御し、空間に放出される光の干渉によって水平方向の掃引を行う。垂直方向の分岐は光導波路にグレーティングを切ったカプラによって実現する。
LDや制御回路もSiPhパッケージに搭載し、全体で手のひらサイズである。コストや天候および干渉に対する耐性も従来タイプより優れているという。

4. IWON(光電融合)への応用

NTTは2019年6月、光を中心とした革新的技術を活用し、これまでのインフラの限界を超えた高速大容量通信ならびに膨大な計算リソース等を提供可能な、端末を含むネットワーク・情報処理基盤構想であるIOWN構想を発表した。さらに、2019年10月にはNTT、インテル、ソニーでIOWN Global Forumを設立し、国内外の多くの企業が参加している。光電融合技術を核にオールフォトニクス・ネットワークを構築するという。通信インフラ設備だけでなく、データセンターや端末も対象としており、いわばGAFAからネットワーク覇権を取り戻そうとしているようにさえ見える。
光電融合とは、光の得意とするところは光で、電気の得意とするところは電気で実現するもので、それを同じパッケージあるいは同一チップ内で混在させる。そのために、極めて低消費電力の光ロジック回路をInPフォトニクスICで実現したところが、大きなブレークスルー技術である。ただし、メモリは光技術では実現困難なので、電子技術(Si集積回路)に委ねる。
Intelが深い関心を示していることなどから、将来的にはシリコンフォトニクスを使用することは明確であろう。まずは、小型の光トランシーバからスタートし、パッケージ内の複数のIC間を光で接続するCPO的な形に進み、10年後には光ロジックと電子メモリを3次元的に集積化するような光電融合回路の実用化することを目標としている。

5. ニューラルネットワークへの応用

光スイッチではなく、シリコンフォトニクス導波路の合波点における光の干渉を用いてロジック回路を実現することができる。2つの光が同相であれば強め合うが、逆相であれば相殺して合波出量は0になる。Si導波路の光の位相を例えば温度等で制御すればデジタルのロジック回路を構成できる。Si集積回路のロジックゲートのようにゲート動作による遅延はなく、光導波路を光が伝播する速度で計算することができる。川上から川下に合流・分岐を繰り返しながら流れるように計算するイメージである。ニューラルネットワークとアーキテクチャが類似していることから、相性が良い。
 MITの学生であったYichen Shen氏はシリコンフォトニクスを用いたニューラルネットワークを2017年に試作した。方向性結合器と位相シフタを用いて積和演算を行う光アクセラレータであり、電子回路とともに使う。母音の識別デモを行い、90%正答率といった64ビットMPUによる正答率91.7%と遜色のない結果を得た。
 同氏は2017年にはスタートアップLightelligence社を創業し、36百万ドルのベンチャー資金を集め、2019年には最初のプロトタイプをリリースするといったスピード感で事業の立ち上げを進めている。
なお、ニューラルネットワークについては、別稿「AIチップと磁性デバイス(スピントロニクス)」でも解説しているので、参考にしてほしい。

6. 量子コンピュータへの応用

シリコンフォトニクスで作った量子コンピュータが既にサービスを始めているというのはいささか驚きである。カナダのスタートアップXanaduは、既に1億ドル以上の資金を集め、シリコンフォトニクスを用いた光量子方式の汎用型量子コンピュータを開発している。第1世代(8量子ビット)はクラウド上でサービスを始めている。GoogleやIBMが精力的に開発している超伝導タイプと異なり、室温で動作するのが大きな特徴である。
なお、本技術も含め、量子コンピュータについては、別稿「量子コンピュータの実用化と今後」にて紹介する。

7. 最後に

以上紹介したように、シリコンフォトニクス(SiPh)は光通信を超えて拡がっていく、インパクトの大きな技術である。Si集積回路と融合し、意外に早くスマートフォンの中に搭載されるかもしれない。応用だけでなく、3次元実装技術、ポリマーや無機材料など、材料を含む技術的な拡がりがどこまで及ぶのかも興味深いところである。

 

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