技術解説

自動運転の実現に向けた車載ネットワークの動向

2025.02.17

自動運転の実現に向けた車載ネットワークの動向

1. はじめに

自動車は、車速センサや操舵角センサ、ブレーキセンサ、油圧センサ、ガスセンサ、レーダなどの多くのセンサと、エンジン制御、ブレーキ制動、車輪の方向転換などの多くのアクチュエータを備え、それらがいくつかまとめられてコントローラ(ECU:Electronic Control Unit)に接続されている。自動車には数十から場合によると百を超えるECUが搭載されており、それらが車載ネットワークで相互に接続されている。このシステム構成は、車載E/E(電気/電子:Electrical/Electronic)アーキテクチャと呼ばれている。
さて、自動車は先進運転支援(ADAS: Advanced Driver-Assistance Systems)から自動運転(Self-driving)に向かって進歩を続けている。E/Eアーキテクチャも、そのレベルに従って姿を変えている。少し前までは、ECUが中央ゲートウェイ(CGW)を介して分散的に、かつ緩やかに接続される分散アーキテクチャが採用されていた。現在は、パワートレイン系やボディ系などのいくつかのドメインを統括するドメインコントローラDCの下にECUがまとめられ、ドメインコントローラ間が中央ゲートウェイで相互接続されるドメインアーキテクチャに移行している。その先にあるのが、前方右/左や後方右/左などの物理的なゾーンに分け、それぞれをゾーンコントローラZCで統括するとともに、各ゾーンコントローラを高性能GPUなどのセントラルコンピュートCCに接続して、全体的に制御するゾーンアーキテクチャである。
また相互接続である車載ネットワークも、10Mbps以下のCANやFlexRayに替わり、100Mbps以上の伝送速度を持つ車載Ethernetに替わろうとしている。さらに光Ethernetによって、10Gbpsを超える伝送速度の標準化も行われている。
本稿では、自動運転に向けたE/Eアーキテクチャや車載ネットワークの動向について説明したい。

車載EEアーキテクチャの進歩の画像

図. 車載E/Eアーキテクチャの進歩

2. ドメインアーキテクチャ

自動車は大きくパワートレイン系、シャシ系、ボディ系、マルチメディア系およびADAS系の5つのドメインから構成されている。
パワートレイン系は、エンジンECU、EVモータECU、ハイブリッドECU、トランスミッションECUなどで、燃費や消費電力の最適制御を行っている。シャシ系はパワーステアリングECUやブレーキ・アクセルECUが含まれ、ハンドル操作の補助や衝突回避などの快適で安全なドライビングを制御している。ボディ系はワイパーや自動ドア、車内照明、ヘッドライト、タイヤ空気圧監視システムECUなどで、ドライバや同乗者の利便性や快適性を高める制御を行っている。マルチメディア系はカーナビやオーディオ、GPSやバックモニタなどの情報システムを制御している。ADAS系には、運転支援、周辺監視(レーダ、カメラ、超音波センサ、LiDAR)や自動運転ECUなどが含まれる。
これらのドメインを統括するドメインコントローラが中央ゲートウェイで相互に接続されるのがドメインアーキテクチャの基本形である。いくつかのドメインを統合するマルチドメイン統合、さらに中央ゲートウェイを中央コンピュート(統合ECUとも呼ばれる)に置き換えたアーキテクチャへと、徐々に進化する発展型が既に実用化されている。
中国系自動車メーカーはセントラルコンピュートに向けて極めて速い動きをしており、ほとんどのプレーヤーはマルチドメイン統合の段階に入っている。その中でも、コックピット・ドライブ統合アーキテクチャの開発は活況を呈している。これに応じる形で、Tier1大手のBosch社は、コックピットとADASの別々のドメインコントローラを一つの筐体あるいはチップ(SoC)に統合した製品を上市している。マルチドメイン統合は、ドレインアーキテクチャからゾーンアーキテクチャへ進化する過程と位置付けられる。

3. ゾーンアーキテクチャ

Tesla社は、セントラルコンピュートありきで、自動車全体を設計している。モータ制御、バッテリー制御、エンジン制御、ブレーキ・サスペンション制御、通信・アプリケーションレイヤなどは、自動車というシステムを構成するデバイスとして一体化して接続・制御される。
中国Leapmotor社(零跑汽車)は、ゾーン型アーキテクチャであるFour Leaf Clover Architectureを採用している。中央に高性能コンピューター(HPC)を、車両前方の左右と車両後方に合計3つのゾーンECUを配置する。こうした構成は、米Tesla社や中国BYD社(比亜迪)のEVに非常に近い。最上位グレードの車種は、中間グレード車種のSoC(QualcommのSnapdragon 8295)のとマイコン(NXPのS32G)に加え、ADAS用SoCとしてNVIDIAのGPU_DRIVE Orinを備える。最上位のHPCを採用するEVには、ADAS向けにLiDARのような高性能なセンサのほか、前方・周辺監視用のカメラ、ミリ波レーダなど多くのセンサを搭載することを想定している。
2024年5月にVolkswagen(VW)社は、中国新興EVメーカーのXPENG社(小鵬汽車)と共同で中国市場向けE/Eアーキテクチャを開発すると発表した。ゾーンアーキテクチャをベースとする、China Electrical Architecture(CEA)である。2026年から中国で生産されるVWブランドのEVに使用される予定という。自動運転などの高度な機能はシームレスに統合され、ソフトウェアは無線(Over-The-Air:OTA) で継続的に更新および拡張できる。同時に、ゾーンアーキテクチャによって、従来システムのECUの数を最大30%削減できるという。その結果として、ゾーンアーキテクチャは、中国現地製品に対してコスト競争力を持つようになることを目論んでいる。

4. 車載ネットワーク

徐々にではあるが、車載Ethernetの採用が広がりつつある。100Mbpsの伝送速度はIT業界から見ると低速ではあるが、車載ネットワークにとっては従来の10倍の高速通信である。高解像度の車載カメラへの適用を皮切りに、海外メーカーに続き、国内メーカーでも採用が広がっている。中央コンピュートを備えるゾーンアーキテクチャでは、高速通信が必須であることから、先に見たE/Eアーキテクチャの進歩に従って導入が加速すると考えられる。
ところで、同じ100MbpsでもIT業界のEthernetと車載Ethernetは別物である。ITでは125MBaud-NRZに4B/5Bの冗長符号で100Mbpsを実現しているのに対して、車載では66.7MBaud-PAM3の多値変調を用い、2シンボル9値のうち8値(3ビット)を用いることで100Mbpsを実現している。帯域幅を狭めることで、車載ラジオなどのFM帯の電磁放射を低減させている。また、ITでは送受2対のツイストペアケーブルで送受を分けて伝送するのに対して、車載では送受兼用の1対のケーブルで送受双方向信号を伝送することで、ケーブルの本数を減らし、軽量化と低コスト化を実現している。そのため、送受回路にハイブリッド(HB)と呼ばれるエコーキャンセラーを利用した送受分離回路を設けている。
100Mbpsの先には1GbpsのEthernetが使われると考えられている。ところで、経験則によると、伝送速度×伝送距離が100Gbps*mを超えると電気から光に替わると言われている。車載では10Gbpsを超えたあたりから光化が進むと期待されている。既に、2023年には車載光Ethernetとして2.5Gbps~50Gbpsの光Ethernet規格が標準化された(IEEE 802.3cz)。ガラス光ファイバを用いるシステムである。信頼性の高い980nm波長のVCSEL(ITでは850nm)を用いる。KDPOF社(スペイン)は大手光部品メーカーのTRUMPF社(ドイツ)と提携して、10Gbps光Ethernetトランシーバを開発している。通信速度だけでなく、EMCの観点からも電気ケーブルに対して有利である。高精細の画像センサ(カメラ)の情報を非圧縮で伝送するには、こういった伝送速度が必要になる。
プラスティック光ファイバ(POF)を用いた高速光Ethernetの標準化も議論されているが、ガラスファイバのみが切り出されて標準化され、標準化作業が遅れている。

5. おわりに

E/Eアーキテクチャおよび車載ネットワークに付随して、車載OSや無線経由でソフトウェアを頻繁に書き換えるOTA(Over The Air)技術も重要である。要は、自動車をスマートフォンと同じようにする、との観点である。GoogleなどのITプラットフォーマ、車載Tier1、日米欧の自動車メーカー、さらに中国系メーカーの綱引きが行われている。ソフトウェア関係については、別途稿まとめたいと考えている。
このところEVや自動運転は、いろいろな面で踊り場/曲がり角にある。一休みした後、コスト競争力と開発スピードに優れる中国系企業に席巻されるのか?日米欧企業の巻き返しはどのような形で始まるのか?まだまだ熱いドラマは続く。

 

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