2020.05.18
一般の高分子材料(樹脂)を何らかの方法で発泡成形させたものが発泡樹脂(発泡プラスチック)である。一般の樹脂材料が土木建築、自動車、電機・電子、日常生活用品など我々の生活に不可欠の材料としてあらゆる分野で使用されているのと同様に、発泡樹脂もそれらの分野で幅広く使用されている。本記事では、その発泡樹脂が多く使用されている自動車分野及び鉄道分野の現状と動向に焦点をあてて解説するものとする。 尚、発泡樹脂の名称表示は原則として記号・略語を使用することにした。(例:ポリエチレンはPEと表示する。)この記号・略語に関する表示のルールは、JIS K 6899 シリーズに規定されているので参照されたい。これらの規格はISO規格の翻訳によりJIS化されたものであり、世界共通の表示方法である。
発泡成形法の分類に関してはこれまで横断的な分類方法がなかったが、1990年代後半にようやく横断的な分類方法が定着してきた。現在では高分子学会やプラスチック成形加工学会を初めとする多くの方々がこの分類法を採用しておられるので、横断的、普遍的な分類方法として定着していると見ることができる。
この分類方法では、化学反応(化学的変化)または物理的変化により発生した気体(発泡ガス)が原料であるポリマーまたはオリゴマーと混合される際に、それらの原料の状態に基づき分類する考え方を採用したものであり、その要点を表1にまとめて示した。
即ち、発泡成形時に原料(ポリマー)の状態が溶融状態(高粘度液状ポリマー)であれば「溶融発泡成形法」と言い、軟化しているが溶融に到っていない状態(固相と見ることができる)又はほぼ固相に近い状態であれば「固相発泡成形法」と言い、比較的低分子のオリゴマーなどを液体状態で注型しつつ発泡成形する場合は「注型発泡成形法」と言うことにしたものである。
溶融発泡成形法による発泡樹脂の例としては熱可塑樹脂による射出成形法、押出成形法等が含まれ、ポリオレフィン(例:PE,PP),ビニール系ポリマー(例:PVC系,PS系)などのフォームがある。固相発泡成形法による発泡樹脂の例としてはビーズ発泡法によるポリスチレン(PS),ポリプロピレン(PP)などのフォームがある。注型発泡成形法による発泡樹脂の例としてはポリウレタン(PUR),レゾール型フェノール(PF),メラミン系(MF)、エポキシ系(EP)などのフォームがある。
表1. 成形時のポリマーの状態による発泡成形法の分類
発泡成形の概要 | 発泡時の原料 の状態 | 使用可能 な発泡剤 | フォーム の具体例 | |
---|---|---|---|---|
溶融発泡成形法 | 原料が溶融状態のときに発泡剤を混入し発泡させる | 溶融ポリマー(主として熱可塑性樹脂) | 低沸点溶剤(HC),熱分解型発泡剤,LCO | PE,PP,XPS,PF(ノボラック) |
固相発泡成形法 | 原料が固相、又は固相に近い状態で発泡させる(ビーズ成形を経る) | 固相ポリマー(コンパウンデイングされたもの) | 低沸点溶剤(HC) | BPS,BPE,BPP |
注型発泡成形法 | 液状原料を注型し、硬化させながら発泡する | 液状モノマー,オリゴマー | 低沸点溶剤(HC,HFO), CO2,LCO | PUR,PIR,PF(レゾール),MF |
発泡樹脂の全体的な需要動向を表2に示した。これは経済産業省統計、各工業会統計などに基づくと共に、それらの公表データがないもの及び不足しているものについては当社の独自の調査に基づきまとめたものである。この内、ポリウレタン(PUR)系,ポリスチレン(PS)系,ポリオレフィン(PE・PPなど)系は3大発泡高分子材料と言われ、全体の95%以上を占めている。
表2. 発泡樹脂の需要動向(単位:トン)
2016年 | 2017年 | 2018年 | ||
---|---|---|---|---|
PUR系 | 軟質フォーム | 122,200 | 128,300 | 130,000 |
硬質フォーム | 65,500 | 71,100 | 77,000 | |
PS系 | BPSフォーム | 122,000 | 120,900 | 120,800 |
XPSフォーム | 88,000 | 87,500 | 88,800 | |
PSPフォーム | 104,000 | 104,300 | 105,300 | |
オレフィン系 | PEフォーム | 44,000 | 44,000 | 44,000 |
PPフォーム | 12,000 | 12,000 | 12,000 | |
EVAフォーム | 14,000 | 14,000 | 14,000 | |
その他(PF,PVCなど) | 19,000 | 20,400 | 20,400 | |
合計 | 590,700 | 602,500 | 612,300 |
(注)上記の表は、経済産業省・各工業会統計値によるが、それらの統計値が公表されてい
ないものついては当社の調査によるものである。
これらの発泡樹脂の内、自動車分野で幅広く使用されているものとしては、軟質PURフォーム,ポリオレフィン系フォーム,一部の硬質フォームなどである。軟質PURフォームは主に乗用車の内装部品(シートクッション(座部、背部),ヘッドレスト,アームレスト,ドア部品など)に使用されており、ポリオレフィン系フォームは天井材,ドア材,バンパーの芯材などに使用されている。また、硬質PURフォーム(現場スプレー発泡方式),BPSフォーム(板状成形品)などの硬質フォームは保冷車用断熱材などとして使用されている。
この様に自動車分野で使用されている発泡樹脂の数量としては最近の調査では、表3の通りと推測されている。自動車分野で使用されている発泡樹脂は90,000~100,000トン/年程度であり、発泡樹脂全体の十数%と見ることができる。
表3. 自動車分野における発泡樹脂の需要推測
内訳 | 使用量予測(トン/年) | |
---|---|---|
軟質PUR フォーム | 軟質・半硬質フォーム | 80,000~90,000程度 |
ポリオレフィンフォーム | PE・PP・EVAフォーム | 5,000程度 |
断熱材用途の硬質フォーム | 硬質PUR・BPS・XPSフォーム | 4,000~5,000程度 |
その他 | MFなど | (少量と推定される) |
合計 | – | 90,000~100,000程度 |
(注)上表は、当社の調査に基づく概略の数値を示したものである。
自動車分野で使用される発泡樹脂の代表的な例を表4に示した。これは代表的な一例を示すものであって、この例に限定されるものではない。
表4. 自動車分野で使用される代表的な発泡樹脂(代表例)
部品名 | 要求性能(例) | 発泡樹脂(例) | |
---|---|---|---|
内装部品 | 座席クッション | クッション性,安楽性 | 軟質PUR |
ヘッドレスト | 形状保持,耐衝撃性 | 半硬質PUR | |
アームレスト | 形状保持,耐衝撃性 | 半硬質PUR,PE,PP | |
インパネ | 耐衝撃性,形状保持 | 半硬質PUR,PE,PP | |
サンバイザー | 形状保持,耐候性 | 半硬質PUR,PE | |
ハンドル | 弾力性,耐衝撃性 | 微細気泡PUR | |
ドアトリム | 形状保持,断熱性 | PE,PP,PUR | |
天井材 | 形状保持,吸音性 | 半硬質PUR,PE,PP | |
外装部品 | バンパー芯 | 耐衝撃性,軽量 | BPP,BPS |
エアスポイラー | 形状保持,軽量 | 半硬質PUR,PE,PP | |
バッテリーカバー | 断熱性,耐薬品性 | PE | |
ツールボックス | 形状保持,振動防止 | PE | |
タイヤスペース | 形状保持,汚染防止 | PE | |
その他部品 | ウエザ―ストリップ | 水密性,気密性 | EPDM |
ハーネス被覆 | 絶縁性,断熱性 | EPDM,PE,PAE | |
エンジンカバー | 防音性,防振動性 | PE,PUR,MF(熱成形) |
(注)上表は代表的な使用例を示すものであり、実際の用途分野としてはこれに限定される
ものではない。上表は自動車部品の輸送梱包材分野の用途例は含んでいない。
このように樹脂(材料)、特に発泡樹脂(材料)を使用する主な要求(ニーズ)は、性能向上、資源節減(軽量化)、快適性・安全性、環境対策(リサイクル性)、経済性(コストダウン)、設計上のメリットなどである。これらを踏まえて、樹脂としての要求事項及び発泡樹脂として更なる要求事項を整理すると次の通りである。勿論、内装材と外装材としての要求事項(要求性能)は異なる側面もあるが、概要をまとめると以下の通りである。
1)樹脂として要求される事項
外観特性,軽量性,成形性(複合化・モジュール化を含む),形状保持性,耐衝撃性,
耐薬品性,耐水性など
2)発泡樹脂として更に要求される事項
更なる軽量化,安全性・快適性,クッション性・安楽性,電気絶縁性,熱絶縁性(断熱
性),防音(吸音)性,防振性,熱成形性(賦形性)など
自動車に使用される樹脂材料(非発泡材料)としては、内装部品、外装部品などあらゆる分野でPPが最も多く使用されており、その比率は50%以上を占めている。
然しながら、内装部品に使用されている発泡樹脂に限定すれば、PURフォームは圧倒的に多い。PURフォームは、座席クッション(シート及びバック)の主流を占めており、座席以外でも安全部品、サンバイザー、ハンドル、天井材などに幅広く使用されている。特に、自動車用座席クッション材では、いまだにPURフォームを代替する材料は見出されておらず、PURフォームの独壇場である。内装部品としてPURフォームの使用上の問題などが発生したと仮定しても、最後までPURフォームは残るであろうと考えられている。
とは言うものの、内装部品用途の素材としてPURフォーム以外の連続気泡フォームの開発が進んでいる。また、PURフォームを使用しない座席構造の開発も始まっており、PURフォームは安閑としていられない状況である。
自動車の外装材としても、PPをはじめとする樹脂材料(非発泡材料)は広く使用されているが、発泡樹脂としては限られている。その理由としては以下の通りである。即ち、外装部品としての条件は、1)まず機能部品として性能・品質が要求されており、2)併せて商品性の観点から意匠部品としての性能・品質が要求されているが、発泡樹脂ではこれらの1)、2)の要求事項を満たすことが難しいからであると言われている。
然しながら、樹脂材料(非発泡材料)、発泡樹脂ともに軽量性、部品コスト低減、リサイクル性などの特性は共通して要求されている。
そのような理由により、発泡樹脂の外装部品への展開は現時点では限定されているが、微細気泡発泡体の開発、外観性の優れた成形法の開発などが進められているので、今後の展開が期待されている。
その他の部品への展開としては、表4で示した通り、水密性・気密性、電気絶縁性、防振性、防音性(吸音性)などの独特の機能を発揮する発泡樹脂が採用されている。また、PURフォーム,PEフォーム,MFフォームなどは防音性(吸音性)が優れると共に、熱成形性(賦形性)があり、それらの特性を活かした用途展開が検討されており、今後の展開が期待されている。
自動車分野への発泡樹脂の対応としては材料面、成形技術面(成形方法)など各種検討されているが、特に注目されている例は以下の通りである。
(1)材料面(樹脂、補助剤など)
1)複合化による高機能化:(例)PS/ポリオレインの複合化
2)新しい樹脂材料の開発:
(例)ポリメタクリルイミド(PMI),ポリイミド(PI)フォームの開発
3)新しい機能の付与:(例)吸音性、抗菌性の付与
4)難燃性の向上
(2)成形技術面(成形機、成形方法など)、その他
1)発泡成形方法の高機能化
2)発泡成形の数値モデル化(3次元数値シミュレーション)
3)リサイクル・リユースの展開:(例)解体段階での部品の取り外しリユース
鉄道車両に使用されている材料に関して新幹線車両などの例では、圧倒的に金属系(鉄鋼・鋳鉄、アルミニウム、銅など)が多く90%以上を占めており、残りの金属系以外の材料としては高分子材料(樹脂材料),ゴム,セラミック,ガラスなどが9~10%を占めている。従って、高分子材料の比率は非常に少ない。
然しながら、鉄道分野でも車体の軽量化は重要なテーマであり、1)鉄道システム全体の変更・集約化,2)構造の変更・小型化・薄肉化,3)材料の変更などにより対応しようとしている。併せて、他の分野と同様にコストダウンの追及があることは当然である。
鉄道車両の内装材としては、座席,内装材(天井,床),照明カバー,洗面室・トイレ,ごみ箱などの用途で樹脂材料及び発泡樹脂材料が使用されている(CFRPを除く)。これらの内装材には鉄道車両用燃焼試験法(省令)があり、アルコール火炎試験及びコーンカロリメーター試験が課せられている。尚、車両外装材としての樹脂部材は現時点では殆ど使用されていない。
車両以外では、枕木,レール基盤の振動防止材,バラス防止材などがある。特に、合成枕木としては硬質PURフォームとガラス繊維補強材の複合材が使用されている。
このように鉄道分野における発泡樹脂は特殊な用途においてのみ使用されており、これから拡大させていく必要がある用途分野である。
本記事では自動車に使用される発泡樹脂に関して、発泡樹脂の全体状況、自動車部品としての使用状況、高機能化の状況などの概要を述べた。また、今後の高機能化の方向性などを示した。自動車分野の用途展開は他分野(例:土木建築)とは大きく異なる側面(例:軽量化、技術完成度の高さ)を重要視する場合が多いので、予め十分に留意する必要がある。
尚、鉄道分野は大きな需要が予測されると言われているが、これからアプローチすべき用途展開であると考えられる。
株式会社英知継承では、本テーマに関して当該専門家による技術コンサルティング(技術支援・技術協力)が可能です。下記よりお気軽にお問い合わせください。
▼「化学」に関連する技術解説一覧