2021.05.05
2020年に日本でも5Gの商用化が始まった。そして、総務省の肝いりで「Beyond 5G 推進コンソーシアム」が2020年12月18日に設立されるなど、10年先を睨んだ次世代技術開発が本格化しようとしている。2020年6月に発表された総務省Beyond 5G 推進戦略懇談会提言によると、Beyond 5Gあるいは6Gは、5Gの10倍の超高速・大容量化、1/10の低遅延および10倍の超多数同時接続性という5Gの特徴的機能の更なる高度化に留まらず、超低消費電力、自律性、拡張性や超安全・信頼性といった、持続可能で新たな価値の創造に資する機能を付加している。部品材料に係わる技術開発課題では、テラヘルツ波やアレイアンテナといった超高周波無線技術以上にオール光ネットワークや超低消費電力半導体が取り上げられており、電子情報通信先端技術の総動員といった趣がある。まさに「電子立国日本」の復権をBeyond 5Gに託している感がある。
図1. Beyond 5Gに求められる機能と部品材料の技術課題
産業政策の枠を超えた国家戦略として5GおよびBeyond 5Gが語られるのは、それなりの理由がある。旧来の「資本主義」から、ビッグデータが価値を生み出す資源とする「データ資本主義」への移行が急速に進み、そのビッグデータの入り口(金山)が5GでありBeyond 5Gであると考えられているからである。人間の営み、機械や自動車・ロボットの動き、生物・環境の変化を大量に収集し、AIで加工して価値を最大化するアクションとして個々にフィードバックするには、5G/Beyond 5Gが首根っことして欠かせない。
この大きな潮流を次世代部品材料事業の柱としてどう位置付けて開発を進めていくかは、それぞれの企業の成長戦略を描く上で重要な視座となっている。対象は極めて広範囲であるが、「超高周波化を支える部品材料」、「オール光化を支える部品材料」および「超低消費電力化を支える部品材料」の3つの軸で整理してみた。なお、これらの3つの軸は独立したものではなく、それぞれを融合させることで技術課題を解決できると考えている。
5Gシステムでは4Gより高周波の電波が割り当てられている。当面は3-6GHz帯が主流となるが、24-28GHz帯(準ミリ波)についても既に割り当てられている。その後、37-40GHz帯および64-71GHz帯のミリ波が使われていく。Beyond 5Gではいよいよ100GHz以上のテラヘルツ波と呼ばれる周波数帯が使われる予定である。
研究レベルでは300GHz帯のトランシーバの試作が行われている。2018年にNTT社と東京工業大学は、300GHzで動作する無線フロントエンド向け超高周波IC(ミキサIC)を化合物半導体トランジスタ(InP-HEMT)技術を用いて試作し、100Gbpsの無線伝送(2.2m)に成功している。また、広島大学、情報通信研究機構(NICT)およびパナソニック社は、2019年に40nm-CMOS技術を用いて300GHz帯トランシーバチップの試作をし、極短距離(2.2cm)ではあるものの80Gbpsの無線伝送にも成功している。汎用技術であるCMOSで300GHz動作を実現した技術的意義は大きい。
高周波低損伝送線路は高周波信号伝送の基本であり、特に回路基板やアンテナに伝送損失の小さな材料が求められる。伝送損失の大きな要因は導体損失と誘電損失であり、それぞれ周波数と損失が増えるとともにパタン寸法や誘電体材料の材料定数によって変わる。5GやBeyond 5Gで使用される周波数では周波数依存性の大きな誘電損失が支配的で、比誘電率と誘電正接の小さな材料が求められる。
そのような材料として、例えば低比誘電率ポリイミド樹脂やポリフェニレン・エーテル樹脂、液晶ポリマー、フッ素樹脂、シクロオレフィンポリマーなどの高分子材料、および高分子材料とセラミックスのコンポジット材料などが材料メーカ各社で精力的に開発されている。
また金属との密着性を確保する接着フィルムや金属表面の平坦性を確保する加工技術も重要である。
通常使われているマイクロストリップ線路に替わる配線構造として上下の金属層を柱状のポスト列で接続して導波管的な構造にするポスト壁導波路あるいは中空導波管構造を加工技術で基板上に形成する中空導波管は導体損および誘電損を大きく下げ低損失配線を実現する技術として注目されている。また2-4で述べるメタマテリアル配線も電磁波を超低損失で閉じ込める構造として有望である。
高周波信号だけでなく高速デジタル信号の伝送にも重要である。回路基板を伝送するデジタル信号も信号線当たり100Gbpsの標準化が行われ、Beyond 5Gではさらに高速化が進むと考えられている。配線の損失を下げることは電気のインファーフェース回路の低消費電力化に直結する。電気のままで進めるか、光で回路基板上を伝送させるかの選択が真剣に検討されている。そこで低損失材料の開発は大きなインパクトを与える。
周波数が増すと電波の直進性が高くなるとともに空気中での損失が増加する。そのため、必要なところに電波を送信するビームフォーミング技術が重要になる。これを実現するため、例えば20×20のアンテナアレイにするmMIMO(massive multiple-input and multiple-outpu)技術が5Gのキー技術として導入された。各アンテナの位相を制御することで必要なところに絞った電波を送信することができる。Beyond 5Gではアレイの数がさらに大きくなる。
高周波化に伴い各アンテナ素子は小さくなる。それぞれのアンテナ素子にそれぞれの位相の信号を給電するためには、給電集積回路(RFIC)を誘電体基板アンテナに一体化させるAiP(Antenna in Package)が基板材料メーカ各社で開発されている。半導体のFan-out実装技術や3次元実装技術を応用する検討も進んでいる。AiPはRFICとアンテナ間の伝送損失や実装コストを下げる効果も期待されている。
メタマテリアルは自然界に存在しない人工的な材料で、負の屈折率(誘電率と透磁率が共に負)を持つことで特徴づけられている。電磁波の波長より十分小さな構造ユニットを1次元、2次元、あるいは3次元に並べることによって実現でき、小型アンテナやビームフォーミング、低損失伝送線路、電波遮蔽などへの応用が検討されている。
スプリットリングで代表される共振素子のアレイで構成される共振型メタマテリアルは、フィルタあるいは反射板などへの応用が期待されている。例えばNTTドコモ社は米国スタートアップMetawave社の28GHz対応のメタマテリアル反射板を用い、アンテナの見通し外に電波を伝送させる実証実験に成功している。
直列インダクタンスと並列キャパシタンスからなる右手系伝送線路に、直列キャパシタンスと並列インダクタンスからなる左手系伝送線路を付加した右手/左手系(CRLH)伝送線路で構成されるメタマテリアルは広い伝送帯域を持つことから、アンテナやノイズ除去回路などへの応用が検討されている。
その他人工磁気壁などのメタサーフェスやクローキングなどのメタマテリアルも研究開発が進められている。メタマテリアルの研究開発は発展途上にあり、その物理的定義はあいまいなところもある。テラヘルツ波では、通常の金属や誘電体材料に替わり、ある意味で設計性を備えた材料であるメタマテリアルの活躍の場が広がっていくと考えられる。
多くの周波数の電波が縦横に飛び交うBeyond 5Gの世界では、電波の干渉を抑制するとともに、電波漏洩によるセキュリティ上の課題を解決する点からも、電波遮蔽材料あるいは吸収材料は重要な材料となる。一般には電波を反射する金属薄膜と、電波吸収材を練り込んだ誘電薄膜の組み合わせで実現される。
テラヘルツ波帯の電波遮蔽材料の開発は始まったばかりである。上記のメタマテリアルを始め、電波の波長に応じた小さな寸法の吸収材など、新しい材料の研究開発が進むと考えられる。
ビッグデータやAIあるいはIoTなどDX(Digital Transformation)の進展に伴い、データセンタのトラフィックは年率70%を超える勢いで成長している。例えば、ボード当たりのスイッチング容量は2年で2倍のペースで増えている。データセンタのボード/ラック間を接続する光トランシーバは400Gbpsまでの高速化が進んでおり、次世代の800Gbpsの標準化が進められ、2025年に向け1.6Tbpsの標準化議論が開始された。
ボード端に取り付けられるプラガブル光トランシーバが使い勝手の良さから主流となっている。光トランシーバで光電変換が行われ、ボード内は50Gbpsの電気信号で伝送される。次世代は100Gbpsになることが決まっている。電気信号を送受信するインターフェース回路の消費電力は増加の一途で、これを下げるために、光トランシーバをスイッチングICのすぐそばに置く混載実装技術(Co-Packaged Optics)の開発がMicrosoftやFacebookが主導する形で進められている。
NTT社は2019年にインフラだけでなく、データセンタ内およびボード内の伝送や処理回路まで光化するオールフォトニクスネットワーク構想IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)を発表し、Intelなどの海外企業も巻き込んでフォーラムを発足させた。この構想は最初に述べたBeyond 5G構想にも色濃く反映されている。
これを支えるのがSiフォトニクスに代表されるフォトニック集積回路である。そして伝送線路や変調器としてSi光導波路、SiN光導波をあるいは有機光導波路が精力的に検討されている。
関連記事:Co-Packaged Optics(CPO)とフォトニック集積回路(PIC)
光ファイバに無線信号を伝送させる光無線RoF(Radio-over-Fiber)についても5Gで新局面を迎えようとしている。4Gでもアンテナサイト(基地局)と収容局の間にRoFが利用されているが、無線信号波形をサンプリング(量子化)して伝送するデジタル方式で、伝送効率は高くない。
5GおよびBeyond 5Gでは無線信号そのものあるいはダウンコンバート下IF(中間周波数)信号を光ファイバで伝送することで伝送容量を高めるA-RoFが国際標準化機関でも検討されている。このことでスポットセルから中継局を経て収容局までの大容量伝送(200Gbps)が可能となる。伝送効率を高めるだけでなく、無線と光の間の変換時間を短くすることができるため、超低遅延の実現に資することになる。
波長多重や多値信号多重技術などの大容量光伝送技術を用いても1本の光ファイバで伝送できる容量は100Tbpsが限界であると言われている。伝送容量を増やすために1本のファイバの中に複数のコア(光の伝送路)を入れるマルチコアファイバの開発が進められている。情報通信研究機構(NICT)ではNokiaなどと協力して3コアの光ファイバで172Tbpsの2,040kmの伝送実験に2020年に成功した。既存ファイバの約1,000倍の10Pbpsの超大容量伝送のポテンシャルを持つと言われている。
また、NICTやNokiaなどは、シングルコアに15光モードを伝搬させることのできる新型マルチモード光ファイバで1.01Pbps/23km伝送実験にも2020年12月に成功した。伝送には無線技術のMIMO処理が使われている。
光ファイバは構造改良を重ね、かつ無線で培ってきた技術を流用することにより、Beyond 5G時代にも十分対応できる伝送媒体であるといえる。
CMOSの微細化や電源電圧の低減により半導体の消費電力の削減は進んでいるものの、5G/Beyond 5G時代のデータ爆発には十分対応できているとは言えない。そのためデータセンタでは冷却に多大の電力を消費し、この問題を解決するため山中のトンネル内にデータセンタを設置する、あるいは、海中に沈めることで、外気温度を下げる冷却負荷を減らす工夫が行われている。
発生源である半導体の消費電力を減らすため、プロセッサにも光素子を用いる検討が前述したIOWN構想の中では検討されている。
また、プロセッサに電力を供給する電源回路では多段の電源IC(DC/DCコンバータ)が使われるのが常である。電源回路の効率は90%以上と高いが、逆に考えると1%でも高効率化すると10%以上の消費電力の削減が見込める領域でもある。このため、従来のSiデバイスに替わり、SiCやGaNといったワイドギャップ半導体デバイスの開発が進められてきており、システムにも投入されてきた。最近では材料定数に優れるGa2O3の研究開発が注目されている。 電源ICのスイッチング周波数を高めることで小型化することも可能になり、プロセッサなどのICと統合化する動きも盛んである。半導体に留まらず、コンデンサやインダクタンスやトランスといった電子デバイスの高周波化、小型薄層化がますます求められている。
CMOSのスケーリング則(微細化)の限界が近づく中、半導体デバイスの高周波化、低消費電力化および小型化にはチップ間の距離を近づけることができる3次元実装が改めて注目されている。
半導体メモリ(DRAM)で既に12層のチップをTSV(Through Silicon Via)で3次元集積した高速大容量メモリHBM(High Bandwidth Memory)が実用化されている。5G/Beyond 5G時代に求められるのは異種半導体デバイスや電子・光デバイスを3次元に集積化する技術である。
例えばGaNとCMOSをウエハボンディングで集積化した無線基地局用高周波パワーICや電源IC、先に述べたアンテナと半導体を一体化したAiPなどの開発が進んでいる。また、InPレーザダイオードとSiフォトニクスを一体化する技術はオール光化技術では必須となっている。直接接続するだけでなく、インターポーザや光導波、さらにはSiキャパシタやインダクタのような半導体技術を活用した薄型パッシブ部品を含めた3次元混載実装は大きなトレンドとなっている。
集積化が進むほど集中して発生する熱を効率的に逃がす熱設計技術が重要になる。電気的には絶縁するが熱的には伝導性を高めた材料開発がカギとなる。
熱源である半導体デバイスとヒートシンクなどの冷却体を接続するTIM(Thermal Interface Material)と呼ばれる熱伝導シートである。絶縁性を持つ樹脂に熱伝導を担うフィラーを拡散させた材料である。熱を伝導させたい方向に配向させた炭素繊維をフィラーとして用いるなどの開発が進められている。先の述べた電波を吸収する材料も含ませて高周波ノイズ対策も兼用させる検討も行われている。
より高い電気的絶縁性が求められるパワーデバイスにはセラミックス基板が使われる。安価なアルミナや熱伝導性に優れた窒化アルミが使われている。強度的に優れる窒化ケイ素が注目されており、熱伝導率を窒化アルミに近づける検討がなされている。
5GおよびBeyond 5Gでは部品材料にも大きな変革を求めている。従来の延長線ではない発想の転換が必要となる。例えば試作と評価の繰り返しでノウハウを蓄積し、それが優位化技術となっている材料開発に、AI技術を取り入れて開発期間を短縮するような工夫である。 電子部品材料や通信技術がかつてないほどの国家戦略になっている技術や社会の曲がり角を絶好の機会と捉え、他社と異なるビジョンを描くことが今こそ求められている。
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Co-Packaged Optics(CPO)とフォトニック集積回路(PIC)