技術解説

ウルトラワイドバンドギャップ半導体の技術開発動向と今後

2023.03.13

ウルトラワイドバンドギャップ半導体の技術開発動向と今後

1. ワイドバンドギャップ半導体とウルトラワイドバンドギャップ半導体

Siよりバンドギャップの広いSiCとGaNはワイドバンドギャップ半導体と呼ばれ、次世代パワー半導体デバイス用材料として研究開発が進められてきた。ここにきて、SiCは車載オンボードチャージャやインバータとしてSiパワー半導体より小型で高効率であるとの性能が認められ、関連メーカーはこぞって生産量の大幅拡大に向かって工場の拡充・新設投資を表明している。また、GaNは高周波特性に優れることから、スマートフォンの小型高速充電器(アダプター)として人気が高まっている。
SiCとGaNは事業としての道筋が付いたことから、研究開発の関心はその先のパワー半導体材料に向かっている。例えば、Ga2O3が最有力候補として研究が活発化している。その理由はGa2O3のバンドギャップが4.9eVと広く、絶縁破壊電界が大きいためである。そして、ダイヤモンドやAlNおよびAGO((AlxGa1-x)2O3)を加えた、バンドギャップが4eVを超えるような半導体をウルトラワイドバンドギャップ(UWBG)半導体と呼称して、パワーデバイス応用を目指した開発が本格化しようとしている。

表1. ウルトラワイドバンドギャップ半導体材料の物性値比較

材料 ワイドバンド
ギャップ半導体
ウルトラワイドバンドギャップ半導体
(UWBG半導体)
SiSiCGaNGa2O3DiamondAGOAIN
バンドギャップ
(eV)
1.13.33.44.95.55~76.0~6.2
絶縁破壊電界
(MV/cm)
0.32.83.587.7~202.8~3.2212~15.4
移動度
(cm2/Vs)
電子1,5001,000>1,0003001,0602,700426~1,090
正孔480120<2002,100
飽和速度
(107cm/s)
電子11.92.522.51.3~2.2
正孔0.81.21.4
熱伝導率
(W/mK)
15037025311~272,200~2,40019.8~30.4290~319
比誘電率11.89.899.95.5109.76

このうちダイヤモンド半導体については、別稿の「ダイヤモンド・パワー半導体の技術動向と今後」を参考にしていただき、本記事では残りのウルトラワイドバンドギャップ半導体にあたる材料およびデバイスの技術開発動向と今後の展望について述べたい。

2. 酸化ガリウム(Ga2O3

酸化ガリウム(Ga2O3)は、日本が先行して開発に着手した材料である。研究開発ではNICTと京都大学、事業化ではノベルクリスタル社とFLOSFIA社が競争するように世界を引っ張ってきた。β-Ga2O3とα-Ga2O3の2つの結晶タイプの研究がそれぞれ競争しながら夢を膨らましてきた。 しかし、ここにきて海外勢の追い上げが激しくなってきている。その背景には、先の述べたSiCとGaNが事業フェーズに移行したことと、β-Ga2O3の良質な結晶がノベルクリスタル社から入手できるようになったことがあると推測される。
例えば、ニューヨーク州大バッファロー校の研究グループは、AGOバリア-β-Ga2O3HEMT構造により、ゲート長の160nmエンハンスメント・モードで遮断周波数30GHz、最大発振周波数37GHzを達成したと2021年に発表している。高周波(マイクロ波)特性で最高記録を更新している。AGOバリア構造を適用することで、パワー用途では必須になるエンハンスメント・モードを実現したことも大きな成果である。低いドレイン電圧でソース/ドレイン抵抗が大きい(非線形)と欠点があるが、いずれ解決されるのではと思わせる結果である。
インド国立工科大学シルチャル校と米国ニュージャージー工科大学の研究グループは、AlNバリア層を用い、ゲート長を50nmまで短縮することで、遮断周波数166GHz、最大発振周波数292GHzが予測できるとのシミュレーション結果を2020年に発表している。実証するにはまだ時間を要するであろうが、β-Ga2O3デバイスのマイクロ波パワーデバイスとしての可能性を示すものと言える。
中国西安電子科技大学と南京大学の研究グループは、p型にNiOxを用いたヘテロジャンクションバリア(HJB)ショットキー接合ダイオード(SBD)を2021年に試作している。p型Ga2O3を実現するのは容易ではない。その代替としてp型NiOx(スパッタ堆積)を使用しているところがユニークである。オン抵抗(Ron,sp)を下げ(1.94mΩcm2)、耐圧(BV)を向上させる(1.34kV)ことができる。ダイオードのパワー性能指数PFOM = BV2/Ron,spとして0.93GW/cm2の最高値を更新した。
ユタ大学、バッファロー大学、Agnitron Technology社(MOCVD)およびカリフォルニア州大サンタバーバラ校の研究グループは、2022年にフィルードプレート(FP)付きGa2O3-MESFETを試作し、耐圧4.5kVと記録を更新している。パワー性能指数PFOM = BV2/Ron,spは100MW/cm2と良好である。 国内では結晶品質の改良が進んでいる。実用的なパワーデバイス、つまり大電圧&大電流のデバイスを実用化するには、結晶品質の向上が欠かせない。ノベルクリスタル社は佐賀大学と共同で、エピウエハー製造技術を改良し、大電流化(大面積化)を阻害していた耐圧特性を劣化させる欠陥(キラー欠陥)を従来の1/10以下の0.7個/cm2まで低減させることに成功(2022年3月)した。10mm角の大きなSBDを試作し、耐圧200Vで順方向電流50A(測定機器制限で素子としては200~500A可能とのこと)を実証した。
結晶材料およびデバイスの改良のスピードは加速している。しかし、まだこの材料が本来有する特性、例えば大きな耐圧はまだ実証されていない。また、デバイス技術者によるフィジビリティスタディのフェーズからそろそろ脱却して、パワーエレクトロニクスの応用技術者と連携して、この材料が対処可能な要求条件を明確化することが、次の大きなステップとして求められている。

3. 窒化アルミニウム(AlN)

AlNはGa2O3やダイヤモンドより大きな絶縁破壊電界を有し、ダイヤモンドに次ぐ優れた熱伝導率を有するとの特長がある。何と言っても、Ga2O3の欠点は熱伝導率の低さで、パワーデバイスとしては致命的欠点になりかねない。それに対して、AlNはパワーデバイスとしてのバランスが良い。少なくとも物理定数的にはであるが。結晶基板が入手できるとはいえ、高価であるとの欠点以上に、n型とp型ともにドーピングが困難であることが、デバイスを実現する上で大きな難点になっている。
AlNは紫外線(UV-C:260nm~270nm)用LEDの基板材料として単結晶が販売されている。水銀ランプの代替となる殺菌用ランプ用である。複数社からAlN単結晶は販売されている。例えば、トクヤマ社、スタンレー電気社、あるいはPAM-XIAMEN社は2インチ径の単結晶を販売している。デバイスの開発はこれからといったところである。
米国サンディア国立研究所は2017年に、同研究所で開発したAlN/AlGaN-PiNダイオードとAlN/AlGaN-HEMT技術を移転対象技術として公表している。PiNダイオードは耐圧が1600V以上、HEMTは800V以上である。しかし、技術移転を受けて実用化したとの話は公開されていない。
富士通は、AlN基板上にGaN-HEMTを作成し、X帯(10GHz)のパワーアップとして世界最高出力密度 15.2 W/mmを達成したと、2022年1月に発表した。次世代パワーアンプとして、無線通信距離やレーダー探知距離を飛躍的に伸ばしていくことが期待できるとしている。2インチAlN基板にAlGaNバッファを挿入することで結晶欠陥の無いGaN層をエピ成長できる。熱伝導率に優れたAlNを基板に使うとのコンセプトで、AlNをデバイスに直接使うわけではない。
その中で、NTTは2022年4月、AlNトランジスタを世界で初めて実現したと発表した。絶縁破壊電界が半導体で最大級のAlNを用いてパワーデバイスを作製できれば、電力損失をSiの5%以下、SiCの35%以下、GaNの50%以下にまで低減できるとの理論予想がモーティベーションになっている。MOCVD法により作製した高品質AlN半導体(エピ膜)を用いて、良好な特性のトランジスタ動作に成功している。線形性の良い電流の立ち上がりと極めて小さいリーク電流を示す。パワーデバイスの性能として重要な絶縁破壊電圧も1.7 kVと大きい値を実現した。さらに、AlNトランジスタは高温でも安定して動作する。高温で性能が向上し、500℃において、電流は室温の約100倍に増加する。500℃においてもリーク電流は10-8A/mmと非常に小さく、106を超える高いオンオフ電流比を実現している。良好なソース/ドレインのオーミック接触を実現するために、組成傾斜AlGaNを用いたところがポイントである。また、結晶の品質を高めることで、良好なショットキー接合も実現している。
AlNはパワー半導体材料としてデビューを果たしたものの、研究開発はこれからである。特にパワーデバイスとして実用化する上では、単結晶の大口径化と品質向上が重要になることは、他の材料と変わらない。これからが楽しみな材料である。

4. AGO((AlxGa1-x)2O3

AGOはAl2O3とGa2O3の混晶であり、AlとGaの組成比によって、当然のことながらバンドギャップなどの物性値も異なる。Ga2O3-HEMTのバリア層としてバンドギャップの大きなAl2O3を用いるより、バンドギャップは小さいがGaを混ぜたAGOを採用することによって、ヘテロ界面特性が改善され、特性の向上が見込める。AGOはパワー半導体のチャネル材料というよりは、Ga2O3-HEMTのバリア層としての活躍が当面期待される。まずは脇役からのスタートとなる。
オハイオ州大などの研究グループは、2018年、β-GO(Ga2O3)基板上にβ-AGO/GO-HEMT構造をプラズマアシストMBEで形成し、2次元電子ガス移動度の温度依存性をホール効果測定で評価している。AFMで評価した表面モホロジーはRMSが0.45nmとスムーズである。Al組成が0.18のときAGO/GOの伝導帯のバンドオフセットは0.4eVである。室温の移動度は180cm2/Vs、移動度の最大値は60Kで2,790cm2/Vsと大きい。室温の移動度は光学フォノン散乱制限され、低温では界面ラフネス散乱とバックグラウンドの不純物散乱で制限される。
同グループはβ-AGO/GO-HEMTを試作し、その特性を評価している。ゲート・ドレイン間隔1.55μmに対して耐圧は428Vである。平均の絶縁破壊電界は2.8MV/cmと計算される。

5. ウルトラワイドバンドギャップ半導体の今後

ウルトラワイドバンドギャップ半導体は比較的新しいグルーピングコンセプトである。次世代技術と言われ続けてきたSiCとGaNのワイドバンドギャップ半導体パワーデバイスが事業として軌道に乗り始めたことがその背景にある。まさに、新しい夜明けといえる。
IEEE Power Electronics SocietyのITRW(The International Technology Roadmap for Wide Bandgap Power Semiconductors)では、2019年にSiCおよびGaNデバイスに関するロードマップ第1版(ITRW 1.0)を公開している。次期バージョンにはウルトラワイドバンドギャップ半導体のロードマップも追加するとの予定である。
今後の研究開発動向に目を離せない状況がしばらく続くのではないかと思われる。

 

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