2023.03.16
太陽光発電など直流(DC)創エネやバッテリによるDC蓄エネ、LED照明やインバータ家電などのDCを利用する機器が増える中、カーボンニュートラルに向けた直流給電(DC給電)への関心が高まっている。AC/DC変換が不要になることから省エネになるだけでなく、重い電源回路が小型化になり機器のデザイン自由度が高まるメリットがあるためである。
図1. 現在の交流(AC)給電システム
図2. 将来の直流(DC)給電システム
住宅内DC給電の標準化がされていない、AC入力家電が大部分でDC家電はニッチでしかない、あるいはDC給電/家電に対する投資回収シナリオが不透明である、などの普及に向けたバリアは確かに存在する。しかし、これらは新技術への切り替わりの際に常に既成勢力から投げかけられてきたボールであり、それを打ち返して新興企業が成長してきた歴史がある。
国内では環境省・経産省が旗振り役になって、DC化への実証検討が2010年頃から行われ現在に至っている。NEDOでは2050年のカーボンニュートラルに向けたDC利用技術のロードマップを2020年に策定している。その中には住宅を含むパーソナル利用も含まれている。DC家電の開発と低コスト化やHEMSを用いたZEH(ゼロ・エネルギー・ハウス=ゼロエミッションハウス)などの実現を約10年後の目標としている。住宅内のDC給電だけでなく、地域マイクログリッドをDC化しようとする取り組みもある。全てがDCで繋がるシンプルな給配電システムとなる。
海外(米国)ではEmerge AllianceがDC給電の標準化に取り組んでいる。データセンターのDC380V給電と商業施設(人の占有空間)のDC24V給電を標準化している。24Vは安全を考えた規格で、そのため給電距離は約4.5mと限られている。主にLED照明に対する天井内配線を想定している。住宅内のDC給電についても議論しているが標準化には至っていない。また普及に向けAC/DCデュアル入力の白物家電の標準化なども行っている。その他の動きとして、USB Type-Cで最大240W(48V×5A)のDC給電が規格化されていることも見逃せない。
本稿では、住宅を対象にした、ゼロエミッションハウスとDC給電に対する国内外の取り組み状況を紹介する。
NEDOでは電気設備学会に委託して、2020年3月に「直流利活用に関する技術マップ及び技術ロードマップ策定」に関する調査結果をまとめた。パーソナルでのDC利用の技術ロードマップによると、パーソナルユースでのDC利用が、太陽光発電や蓄電池の普及などで進むなど、次のような趣旨の記載がある。
新築住宅は、電力の自家生産・自家消費が行われ、バッテリの充放電による自家内需給調整や電力系統連携による電力の授受でゼロエネルギーハウス(ZEH)の実現が想定される。介護現場等では、介助のためのパワーアシスト製品が小型/軽量/高機能になり、介助者が使用する機器のみでなく介助される方が直接装着するパワーアシスト製品開発もICT の進展により促進されることが想定される。
2050年のカーボンニュートラルの実現に向け、経産省・環境省は新築住宅のZEH化等支援事業を進めている。断熱や創エネ、蓄電、高度エネマネの推進で、2030年までに新築住宅の平均でZEHを実現し、家庭からCO2排出量の約7割削減を目標としている。創エネ/蓄電は直流であるから、配線/家電を直流にすることで省エネが図れると考えられるが、まだ施策には含まれていない。
また、DC給電に関する次のような実証実験が行われており、電力削減効果があることが示されている。
アイケイエスと竹中工務店はDC給電と高効率SiCデバイスを用いたマイクログリッドによる省エネの実証実験を2016年に行い、例として太陽光発電からEV充電までの変換ロスを従来システムの27%から7%までに削減できることを示した。
竹中工務店は2019年7月に、分散電源であるリユース蓄電池、太陽光発電、EV等の電力をDCのまま取り込み、DC電源対応のLED照明に給電するエネルギーマネージメントシステムを開発し、栗原工業ビルに導入したと発表した。
日建設計と名古屋大学は、太陽光発電システムを有する一戸建て住宅のDC給電(24V)による省エネ効果を定量的に分析した(2019年)。DC給電との親和性とコストによる実現性などを考慮して、DC給電機器(LED,TVなど)とAC給電機器(冷蔵庫,電子レンジなど)に分けている。DC給電により電力消費量は約4.8%削減されるとの分析結果である。 シャープは、2015年11月にAC商用電源に加えてDC電源(太陽光発電/蓄電池)でも室外機を運転できるDCハイブリッドエアコンを販売開始した。時間帯や太陽光の発電状況、蓄電池の残量に応じてDC/ACを自動切替する。DC/AC変換ロスを約5%低減できる。残念ながら、現在は製造販売していない。
発電/送電/配電/電力制御/電機製品を製造している企業を会員とするアメリカ電機工業会(NEMA)は、2018年にビルにおけるDC給電に関する動向レポートを発表した。太陽光発電や蓄電池といった電力源が分散型DCになるとともに、エンド機器もLEDなどDC駆動の割合が増えていることがその背景にある。ACアダプターが不要になるため、フレキシブルでシンプルなデザインができることと、電力効率が上がることをDC給電の2大メリットであるとしている。ただし、ACインフラの中にDCシステムを統合するシナリオや投資の回収が不透明、DC給電対応製品の供給体制、あるいは標準化の欠如など、越えなければならないバリアもあるとも指摘している。
前述のEmerge Allianceでは、インターネットが通信で起こした革新を電力でも起こそうとして、DCおよびDC/ACハイブリッドのメッシュ型マクログリッドの普及に向けた活動を行っている。手始めとして、2011年に事務所や商業施設などの占有スペースでのDC給電として24Vを標準化した。天井内にAC/DCコンバータを設置し、そこから中継点も含めてDC給電する。天井から始め、壁や備品、床へと設置範囲を広げてゆく。単なるDC給電に留まらず、通信(有線/無線)との複合も指向している。住宅におけるDC化や、障害になると思われる家電のAC/DCデュアルインプット化などの標準化検討も行っている。
2021年5月にUSB Type-C PD(Power Delivery)の新規格(USB PD3.1)が発表され、最大電力が従来の100W(20A×5V)から240W(48V×5A)までアップデートされた。情報機器を超えた家電一般での活用が期待される。ただし、高電圧化によってケーブルを引き抜く際にコネクタ部でアーク放電が生じやすくなり、コネクタに損傷が発生しやすいとの指摘もある。
中国では、最大手のMidea(美的)やGREE(格力)をはじめ多くの企業がAC&DCハイブリッドエアコンを販売している。例えば、Mideaの場合、DC入力は50-380Vと幅広い電圧に対応できる。日中は太陽光発電からDCで給電し、夜間は商用電源からACで給電することを想定している。
地球レベルの課題であるカーボンニュートラルに向け、住宅のゼロエミッション化は避けて通れない。消費電力低減は小さな努力の積み重ねである。その取り組みの一つとして直流(DC)給電が位置づけられる。確かに交流(AC)に慣れており、ほとんどの家電がAC給電を前提として設計されている現状を考えると、DC給電は絵空事のように感じられる。しかし、足元を今一度見つめてみると、ACのみで動作している機器の少なさに驚かされる。TVやPCなどのIT機器やLED照明は当たり前のようにDCで動作する。エアコンや冷蔵庫も省エネのためにインバータ方式に切り替わり、ACをDCに変換している。古い白熱電球と暖房機器はAC動作であるが、DCでも動かないわけでもなさそうである。DC給電にした方がスッキリする。
住宅への配電のDC化まで実現されると、システムはさらにシンプルになる。ローカルな配電システムのDC化あるいはDCマイクログリッドである。各住宅の太陽光発電などの再生可能エネルギーの共同利用も視野に入る。
ゼロエミッションハウスとDC給電を実現する上で、パワーエレクトロニクスおよびパワーデバイスの高効率化は欠かせない。Siだけでなく、SiCやGaNを使った高効率パワーエレクトロニクスの普及も、DC給電の取り組みを後押しする。
DC給電は波及効果の大きな技術である。また生活に根差したAC給電を変えるのは、簡単ではない。ハイブリッド方式のように少しずつ替えていくのが現実解かもしれない。
いずれにしても、今後のグローバルな動向が注目される。
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