技術解説

半導体レーザダイオードを用いたセンシング技術

2024.06.24

半導体レーザダイオードを用いたセンシング技術

1. 半導体レーザダイオードとセンサへの応用

半導体レーザダイオード(LD)は1970年代に通信応用に研究開発され、それ以降40年以上に渡り通信の大容量化を牽引してきた。同時に、CDやプリンター、あるいは高出力レーザダイオードを利用した工業加工など、その応用分野を拡大してきた。
センサも半導体レーザダイオードの重要な応用分野の一つで、民生から防衛に至るまで多岐に渡っている(表1参照)。例えば、民生ではスマートフォンの顔認証用近接センサに大量に使用されている。また、自動運転用の障害物検知用にLiDARが使われる見込みで、多くのスタートアップや投資家の興味を引き付けている。スマートウォッチによる飽和酸素濃度などの計測は、現在はLEDが使用されているが、いずれ半導体レーザダイオードも使用され、深部体温や乳酸などの高度なモニタも可能になると期待されている。プラントにおけるプロセスガスモニタは工程管理に欠かせない。環境ガスモニタやインフラ監視などへの応用も進んでいる。さらに、毒物・爆発物の監視など、セキュリティや防衛も大きな応用分野の一つである。
センサに使用される半導体レーザダイオードの種類も増えてきた。アレイ化の容易な縦型レーザダイオードであるVCSELは、スマートフォンのセンサを始めとする各種センサに用いられている。MEMS技術により外部反射鏡を集積化することも可能で、反射鏡の位置を電圧で変えることで波長を掃引することもできる。また、量子カスケードレーザ(QCL)は半導体のバンドギャップより狭い中赤外線を出射することができ、ガスセンサなどに活用されている。
このように、半導体レーザダイオードを用いたセンサは多種多様である。その全てを紹介することはこの紙面ではできないが、最近注目されているいくつかの具体例を挙げることで、その豊饒さの一端でもお伝えできればと考えている。

表1. 半導体レーザダイオードを用いたセンサの応用領域

応用分野具体的な応用
民生・モバイル近接センサ,3Dセンサ,生体認証(顔,指紋,虹彩),AR/VR
車載LiDAR/4D-LiDAR(障害物検知),ドライバモニタ,助手席・同乗者モニタ,車内空気モニタ,燃焼・排ガスモニタ
医療・ヘルスケア心拍,飽和酸素濃度,深部体温,水分量,血圧,血液分子分析(血糖値,乳酸など),呼気分析,癌バイオマーカー,OCT(眼球、血管壁)
産業プロセスガスモニタ,排ガス監視,化学物質分析,食品/飲料モニタ
環境・インフラ環境ガスモニタ,水質モニタ,上空風速計測,インフラ(橋梁/トンネル/電力施設等)維持管理
防衛・セキュリティ毒物/爆発物監視,光ファイバ・ジャイロスコープ

2. LiDARなどのToFセンサ

ToF(Time of Flight)センサとは、短パルスのレーザビームを物体に対して出射し、物体から反射して戻ってくる時間差から物体までの距離を測定することができる測長センサである。ビームが1本だと単なる距離の測定であるが、複数のビームを照射するすることで、物体の3次元的形状をセンシングすることができ、いわゆるLiDAR(Light Detection And Ranging)である。自動運転車両の障害物センサだけでなく、スマートフォンにも搭載され、近接センサ(顔が近づくことを認識し、その後に顔認証する)やカメラと融合した3Dセンサ(画像の3D形状を明確にして、そこに仮想画像を自然な形で埋め込むことを可能にする)などに使われている。
スマートフォンに搭載されるカメラの分解能と機能が増しているように、LiDARについても高機能化が進んでいくものと思われる。なお、スマートフォンのLiDARの光源としては低コストなVCSELアレイが使用されている。特殊なレンズを用いて複数のドットタイプの光を出射できるので、ビームを掃引する必要はない。
遠くから反射してくる光は弱くなるので、測長距離が長いほど大きなパルスピークパワーが必要となる。例えば1mの距離では2W程度でよいが、10mとなると8W程度が必要となる。自動運転車両には10~50mの短距離LiDARと200m級の長距離LiDARが必要だと言われており、ピーク出力は数百W級になる。1個のレーザダイオードで実現することは難しいので、複数のレーザビームをレンズ系で集光するような工夫もされている。波長を掃引することで、距離だけでなく速度も同時に検知することができる。障害物や他の車両が近づいているのか遠ざかっているのかが瞬時に判別できる。マイクロ波のFMCWレーダと同じドップラー効果を利用した測定原理であり、4D-LiDARなどと言われている。大手のIntel(Mobileye)を始め、Aeva Technologiesなどのスタートアップが開発を競っている。機械的なビーム掃引に替えて、シリコンフォトニクスと組み合わせた電子掃引を用いることで、センサモジュールを小型・低コスト化する開発が進められている。
自動車でのLiDARの応用は障害物検知に留まらない。車内の監視にも使えるのではと開発が進んでいる。例えば、ドライバモニタへの応用であり、居眠り運転や脇見運転をモニタし警告する。あるいは、助手席に荷物が置かれているのか、大人が座っているのか、子供なのかを判別する。追突時のエアバックを子供に対して起動するとかえって危険であるため、大人か子供か荷物かを自動判別して起動制御に使う。もちろん同乗者のモニタにも使える。人物を特定できるまでの分解能がないので、プライバシーが保護されるとのメリットもある。
LiDARのドップラー効果を用いて風速を測定するユニークな装置も製品化されている。大気中に向かって周波数掃引したレーザビームを発射し、反射波のドップラーシフトを計測することで、上空の風速を測定するという技術である。フランスのLumibird社が販売しており、雲底の測定や上空大気の複雑な流れの分析に用いる。例えば、風力発電における風力タービンの設置前の風力資源の評価などに使われる。

3. ガスセンサ・物質分析

ガス分子はそれぞれ特定の吸収波長を有している。その波長の光(一般に近・中赤外線)を照射して、その吸収を計測することで、ガスの種類の同定と濃度を計測することができる。分子量の小さいCO2やNOの吸収帯は近赤外や3~5μmにある。防衛・セキュリティに必要な爆発物などは7~10μm、医療・ヘルスケア用の血液中の有機物は8~12μmに吸収帯がある。
このような中赤外線の光源としてQCLが用いられる。電流によって波長も変化するので、電流を掃引しながらガスによる吸収を測定するTDLAS法(Tunable Diode Laser Absorption Spectroscopy)を適用すると、高速で高精度の測定が可能となる。プラント装置中で反応しているガス種と濃度を計測してリアルタイムのプロセス制御に使うことができる。工場からの排出ガスの監視に使用することもできる。化学物質分析や食品・飲料モニタへの応用もある。
環境センサとしては、空気中の二酸化炭素や窒素酸化物などの濃度の測定、および水質モニタが挙げられる。また、自動車の排ガスモニタやエンジンの燃焼の制御などにもガスセンサは欠かせない。
医療・ヘルスケア分野では、血糖値モニタや呼気分析による疾病診断などが挙げられる。呼気には癌などの疾病の兆候を示す情報が含まれているが、まだまだ利用は進んでおらず、未開の大陸とも呼ばれている。呼気分析が簡単にかつ高精度でできるようになると、疾病診断の1次スクリーニングとして、患者負担の少ない形で活用されるようになる。
スマートウォッチなどの装着されている光を用いた心拍や飽和酸素濃度の測定には、通常LEDが使用されている。これを半導体レーザダイオードに替え、通信などで開発されているコヒーレント検波と近赤外可変波長レーザダイオードを用いた分光技術を使用すると、これまで以上に高感度な検出が可能になる。米国スタートアップのRockleyはこのような機器の開発に取り組んでいる。シリコンフォトニクス技術を用いて、モジュールを小型・低コスト化して、スマートウォッチに組み込む。体温(表面体温ではなく熱中症のモニタとなる深部体温)や心拍、血圧、水分量、飽和酸素濃度、乳酸、グルコース(血糖値)などの多くの生体情報を、高精度かつ平易に計測・モニタ出来るようになるという。

4. 光干渉断層撮影(OCT:Optical Coherence Tomography)

光干渉断層撮影(OCT)は、光の干渉性を利用して対象物の内部断面構造を高分解能・高速で撮影する技術であり、網膜や血管壁の断層撮影に用いられている。X線や超音波診断のような深い侵入長は得られないが、顕微鏡に匹敵する分解能で深さ数mm領域の非破壊分析が可能である。いくつかの方式が提案されているが、よく使用されているのはレーザの波長を掃引するSS-OCTと呼ばれる方法である。対象物とミラーからの反射光の干渉を波長掃引して計測すると、時間軸上で明暗が観察され、これをフーリエ変換することで深さ方向の情報が得られる。
眼球(網膜)のOCTはキャノンなどから机上に載る機器として販売されており、医療現場で使用されている。硝子体から網膜・脈絡膜・強膜境界部まで、一度の撮影で高精度に画像化することができる。加齢黄斑変性や中心性漿液性脈絡網膜症などの診断に用いることができる。
血管壁の断層撮影には超音波診断子などと共にカテーテルの先端に装着する(光ファイバで先端まで光を導入する)ことで計測する。血管内超音波検査(IVUS)では、計測が困難であった血管壁の表面近くをOCTで補完的に計測できるという特徴がある。IVUSでは難しかった血管壁の組織性状の違いまで映し出すことを可能とし、石灰化や線維被膜の厚みなどを詳しく観察できるため、手術後の検査に適している。テルモなどから医療機器として販売されている。

5. 半導体レーザダイオードを用いたセンシング技術の発展による新市場の開拓

以上紹介した以外にも多くの分野で半導体レーザダイオードを用いたセンサが研究開発および製品化されている。例えば光ファイバセンサは、一部をグレーティング加工した光ファイバに半導体レーザダイオード光を入射し、グレーティング部分からの反射光を計測することで、温度や応力、加速度、電流などの多様な物理量を計測することができる。橋梁に光ファイバを巡らせておくことで、橋梁に発生した歪(劣化状況)を監視することができる。高電圧や高温などの過酷な環境においても計測できる特徴を持つ。橋梁やトンネル、発電施設などの社会インフラのモニタに適した技術と言える。
半導体レーザダイオードやシリコンフォトニクスなどの関連部品のコストが低廉化していくと、これまで以上に応用分野やセンシング対象が拡がって行くと予測される。車載やスマートフォンのような強大な市場もあれば、市場性は大きくないが社会において不可欠な分野もある。企業の性格に合わせた市場選択ができ、ある意味で懐の深い技術である。いくつもの宝の山が眠っている技術であるともいえる。市場を探索しているフェーズにおいては、見逃せない技術であろう。

 

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