技術解説

オールフォトニクス・ネットワーク(APN)を実現する光スイッチング技術

2025.03.27

オールフォトニクス・ネットワークを実現する光スイッチング技術

1. はじめに

NTTは2019年6月、光を中心とした革新的技術を活用し、これまでのインフラの限界を超えた高速大容量通信ならびに膨大な計算リソース等を提供可能なネットワーク・情報処理基盤の構想であるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を発表した。NTT、Intel、ソニーの3社で国際フォーラムを立上げ、通信キャリヤ、ITサービス企業、情報通信機器ベンダー、部品・材料メーカー、自動車・電力・金融等企業、研究機関・大学など、世界から156の企業・機関が参加している。GAFAMの一角であるMicrosoftは当初から、2024年7月にはGoogleも参加した。共通仕様を策定するとともに、国際標準化も進めている。
IOWNの3本柱の一つが、情報処理基盤のポテンシャルの大幅な向上を目指すオールフォトニクス・ネットワーク(APN)である。APNでは、現在主流のO/E/O変換を伴う電気スイッチング(通信経路変更)を挿入する必要がなくなるため、エンド・エンド遅延を1/200に短縮できるとともに、遅延の揺らぎがなくなるという。例えば、遠隔手術や遠隔操作(スマートファクトリー)、デジタルツイン、eスポーツ、AR/VR、大規模分散型データセンター、金融取引などで力を発揮すると言われている。
本稿では、APNとそれを実現する上でカギとなる光スイッチングについて解説したい。

光クロスコネクト(OXC)とAPN_比較としてOEO型電気XCの画像

図. 光クロスコネクト(OXC)とAPN,比較としてO/E/O型電気XC

2. オールフォトニクス・ネットワーク(APN)

APNは、ネットワークから端末まで全てにフォトニクスベースの技術を導入し、圧倒的な低消費電力(電力効率を100倍)、高品質・大容量(伝送容量を125倍)、低遅延(End-to-End遅延を1/200)を実現する、と目標設定されている。もちろん一気にできるわけではないが、いくつかのステップを踏んで、2030年頃に上記の目標を達成することを狙っている。これを実現する基盤技術として、光のまま伝送経路を変える光スイッチング技術あるいは光クロスコネクト(OXC)が核となる。現在はルーターと呼ばれる電気のスイッチング技術が使われており、光ファイバで伝送されてきた信号を一旦電気に変えて経路を選択し、再び光に変えて伝送する方式である。APNにすることで、O/EおよびE/O変換が不要になり、それに伴う遅延や消費電力が削減できる。
ただし、電気スイッチングと光スイッチングは等価(同一機能)ではないことに注意する必要がある。電気スイッチングでは、伝送されるパケット信号のヘッダ部分を解読し、それに応じで経路を変える機能がある。いわゆる情報を小分けにしたパケット単位のスイッチング機能を有している。同一の経路に向かうパケットが複数ある場合には、選択されたパケット以外はバッファメモリで待たされるか、迂回ルートに回される。予定調和でない以上、パケットの衝突は避けられないもので、これが電気スイッチングの遅延の一つの原因になっている。その代わり、待たせたり、迂回させたりすることで、通信リンクの使用比率を高め、トータルとして低コスト化を実現している。
これに対して、光スイッチングはこのようなパケット単位の処理はできない。それは、電気に変換しないでパケットを解読する複雑な光論理回路がないことと、一時的に待たせる大規模な光バッファメモリがないためである。その代わりに光スイッチングが行っているのは、昔の電話回線のような回線交換で、接続されている期間はデータの有無に関わらず繋がれた状態が維持される。接続を制御しているのは流れているデータではなく、データとは別の上位の制御信号である。回線交換は通信リンクに余裕がある、あるいはある程度のコストを支払っても得られる利便性の方が大きいような応用に適したものに限られる。そのような需要が増えるとの想定がAPN推進の前提となっている。
ところで、現状の通信網の中にも光スイッチは設置されている。ローカルなリング型のメトロポリタンエリアに使われているROADM(Reconfigurable Optical Add/ Drop Multiplexer)と広域のバックボーンネットワークに使用されているOXC(Optical Cross Connect)である。共に波長単位の光パスで切り替えるスイッチである。これらを組み合わせればAPNの導入は可能であり、NTTは2023年3月にAPN IOWN1.0として提供を開始した。100Gbpsのサービスからスタートし、現在は10Gbps~800Gbpsのサービスを提供している。
さて、光スイッチには大別して、3次元空間型光スイッチと2次元導波路型光スイッチがある。以下に両者について概説する。

3. 3次元空間型光スイッチング

3次元空間型光スイッチングは、入力される波長多重された光を波長ごとに分ける分波器(例えば回折格子分光器)、レンズ、反射方向を変えられるアレイ型ビーム偏向素子、レンズ、および異なる波長を多重化する合波器から構成される。レンズや合分波器は反射前後で兼ねることもできる。光は各光部品間の自由空間を進む。
肝心のビーム偏向素子として、LC(Liquid Crystal)、LCOS(Liquid Crystal On Silicon)、MEMS(Micro-ElectroMechanical Systems)、DMD(Digital Mirror Device)などが提案されている。例えば、富士通はLCOS方式、CoherentはLCベース、GoogleはMEMS方式を用いている。ビーム偏向素子の段数は1段に済む場合もあれば、2段など多段にする必要がある場合もある。スイッチの方式と入出力ビーム数によって異なる。
比較的簡単な構成で規模の拡大が実現できる。例えばGoogleは136(入力)×136(出力)のスイッチをデータセンターに導入している。またCoherentによると最大512×512までスイッチング可能であるという。ただし、自由空間を使っているため全体に大きくなる傾向がある。また、スイッチングは比較的低速で、LCOS方式では数ms程度である。

4. 2次元導波路型光スイッチング

Si基板上に形成した石英系あるいはポリマー系光導波路を用いてマッハツェンダー干渉計による2×2スイッチをアレイ化するとともに多段化することでN×Nのノンブロッキングなスイッチを形成できる。前後に同じ光導波路を用いたAWG(Arrayed Waveguide Grating)を用いて合分波することもできる。光路の変更には加熱による屈折率の変化であるTO(Thermo-Optic:熱光学)効果を用いる。
ウェハ上に半導体プロセス技術を用いて製造することから、安定性・信頼性に優れるとの特長がある。マッハツェンダー干渉計を平面にマトリックス状に並べる必要があり、素子数がNの自乗で増大するため、大規模化は得意ではない。例えば、NTTイノベーティブデバイスは石英系光導波路を用いたTOスイッチを販売しているが、標準製品の最大規模は16×12である。128×128まで拡張可能とあるが、48×48以上は研究開発用との断り付きである。TO効果を使う以上、切替速度はmsオーダに留まる。
Siフォトニクス技術を用いれば小型で高速化が図れる。Siマイクロリング共振器(MRR)型のスイッチでは単位素子サイズを10μm程度まで縮小できる。電圧(電界)による屈折率の変化であるEO(Electro-Optic)効果を用いてスイッチングしており、0.1ns以下の高速切替も容易である。さらに、MRRは波長選択性があるので、合分波とスイッチングを兼用することもでき、前後段に別に合分波器を挿入する必要がない。ただし、各MRRスイッチでの光損失を考えると、大規模化には限界がある。光アンプを集積化して光損失を補償したとしても、数100×数100程度が限界ではないか思われる。

5. おわりに

APNのサービスが開始され、また国際標準も進んでいる。データセンター間の接続や金融関係、あるいはeスポーツ大会などからAPNの導入は進んでいくと思われる。Siフォトニクス技術のような高速スイッチングが可能になれば、回線交換以上の使い方も非現実的ではなくなる。生成AIが一つのデータセンターに収まりきれなくなる時代に向けて、高速の切替を伴う光スイッチングを備えたAPNの新しい姿が現れると想像される。ここ数年は目を離せない技術領域と言える。

 

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