コラム

テラヘルツ波電波吸収材の技術開発動向と今後

2023.04.03

テラヘルツ波電波吸収材の技術開発動向と今後

1. テラヘルツ波の実現可能性とそれを支える電波吸収体

セルラーも無線LANもこの30年間に渡ってデータ速度を指数関数的に伸ばしている。このトレンドが継続すると2030年過ぎには、ともに1Tbpsに達すると予測されている。100GHz以下のマイクロ波/ミリ波を利用した無線電波ではこの容量を満足することは難しく、100GHz以上のテラヘルツ帯の開拓が叫ばれている。Point-to-Pointのテラヘルツ波(252-322GHz)通信は、2017年9月にIEEEで標準化された(IEEE 802.15.3d)。100Gbps以上の高速で100m以上の伝送をサポートする。無線LANについてもIEEEの中で検討が始まっている。Beyond 5Gセルラー用周波数としては、ITUで275-450GHzのうちの160GHzに及ぶ広帯域(252–296GHz,306–313GHz,318–333GHz,356–450GHz)が決定されている。
通信以外でのテラヘルツ波の応用がむしろ先行している。周波数は0.1THz~10THzと範囲も広い。空港等でのセラミック武器などの危険物を検出するセキュリティ・スクリーニング、自動車タイヤ内や郵便サービス内の金属物体の非破壊検査、癌(乳房、前立腺、皮膚)診断、歯の3Dグラフィックスや多結晶グルコースなど弱い分子間相互作用で結合する大きな分子を同定する遠赤外分光計などの実用化が進められている。
車載レーダーについては24/26GHzあるいは77GH/79GHz帯での実用化が進んでいる。運転支援および自動運転には必須のセンサである。車載だけでなく路側にも同様なレーダーを設置し、交通量監視やV2Iを介して運転支援/自動運転に活用する動きが進んでいる。ただし、レーダーだけでは不十分で、カメラやLiDARといった光学手段と補完しながら、センサフュージョンといった形態が指向されている。レーダーは雨天や夜間などの環境に強いが、空間分解能が不足するためである。レーダーの周波数をテラヘルツ波にすれば、電波と光学の良さを併せ持つ、つまり環境に強くて分解能にも優れるセンサが実現でき、これだけで対応できるとの期待もある。
このように2030年を睨んだテラヘルツ波の研究開発は加速している。テラヘルツ波を自在に扱うためには送信器と受信器だけでは不十分であり、不必要なところに伝搬するテラヘルツ波を遮蔽/吸収する電波吸収体が不可欠である。この点、マイクロ波/ミリ波と状況は変わらない。
電波吸収材の原理として、①抵抗性,②誘電性,③磁性に3種に大別される。抵抗性電波吸収材は有限な導電率の媒質に電磁波による電界が加えられると伝導電流が流れ、ジュール熱として電磁波が吸収される原理である。導電性繊維を織り上げた布や導電材料を蒸着した誘電体シート、あるいはカーボンナノチューブなどを用いる。誘電性電波吸収材は、ゴムなどの絶縁高分子媒質にカーボンなどの導電性微粒子を分散させた材料である。導電性粒子の持つ抵抗と粒子間の静電容量が複雑に結合した構造である。高周波になると静電容量を介して抵抗に電流が流れ、電波が吸収される。フェライトに代表されるような磁性材料は小さな「磁石」の集合である。電波による磁界の振動に対応して「磁石」は向きを変える。その時の摩擦熱が損失となり電波が吸収される原理である。周波数が高くなりすぎると「磁石」は磁界の変動についていけなくなり、電波の吸収もされなくなる。誘電性と同様に、磁性微粒子をゴムなどの高分子媒質に分散させてシート状にする。電波吸収体は、例えば金属板の上に電波吸収材のシートを貼り合わせた構造として実現される。金属板で短絡されたシートの厚さ分の伝送線路として表現できる。吸収が最大となる周波数と厚さには相関があり、大略1/4波長である。吸収層の上に表面層を貼り合わせた多層構造などもある。あるいは、金属板の上に1/4波長のスペーサを挟んで抵抗性電波吸収被膜を貼り合わせた構造などもある。
テラヘルツと周波数が高くなると、それに対して応答するように、例えば磁性材料であれば、磁性粒子を微細化あるいはナノパーティクル化する必要がある。抵抗性、誘電性もほぼ同じで、カーボンナノチューブやグラフェンなどがよく使われる。負の誘電率あるいは負の透磁率を有するメタマテリアルも、テラヘルツ波領域での電波吸収体としての利用が検討されている。特定の周波数は吸収(遮断)し、それ以外は透過させるといった、周波数選択性を持つ吸収体として期待されている。その他、生物をテンプレートとして利用するユニークな方法も検討されている。
本稿では、上記のような状況を踏まえ、最近注目されているテラヘルツ波電波吸収体の技術開発動向について紹介する。

表1. テラヘルツ波電波吸収体の種類と特徴

動作原理実現形態・材料特徴進展度
磁性ナノ磁性パーティクル狭帯域(共振型)実用化
抵抗性カーボンナノチューブ広帯域実用化
誘導性グラフィン,マキシン広帯域研究開発
メタマテリアルメタサーフェス狭帯域(共振型)研究開発
その他マイクロメタルコイル広帯域研究開発

 

2. 磁性材料

磁性材料は、マイクロ波領域の電波吸収材としてよく使われている。電子機器やモジュール内部に磁性電波吸収シートを貼付して、不要な電磁波の放射を抑制するといった使い方である。ただし、「磁石」が電磁波に応答して物理的に向きを変える必要があるため、テラヘルツ波といった高周波には適用できないと考えられていた。
東大の大越教授は、粒径を10nm以下まで小さくできるフェライト磁石ε-Fe2O3の合計に成功した。共振周波数が182GHzと高く、テラヘルツ波を吸収することができる。Rh(ロジウム)でFeの一部を置換すると保持力と共振周波数が増大する(14%で209GHz)。置換する材料をAlあるいはGeにすると共振周波数が低周波数側にシフトする。このように置換材料によって共振周波数を変えられることも、実用上魅力的である。
Dowaエレクトロニクスが量産化を行い、岩谷産業が販売するとのスキームで2017年2月のnano tech 2017展示会に出展した。この材料を用いて開発されたミリ波帯電磁波吸収シートの試作品をMaxellと東京応化が同会場内で展示している。東京応化の展示品は、吸収体膜厚がわずか200μmと薄いのも特長である。

3. カーボン系導電材料

グラフェン、グラファイトやカーボンナノチューブなどの炭素系の材料を用いたテラヘルツ波電波吸収体の研究の歴史は長く、0.5THzで30dBを超える複数の発表がある。
例えば、ワルシャワ工科大学の研究グループは、ジメチルポリシロキサン(PDMS)にグラフェンフレーク(寸法約10μm、厚さ10nm)を10重量%分散させたフレキシブルシートを作製し、0.6THzで約30dBの遮蔽効果を得ている。
MXene(マキシン)と呼ばれる導電性2次元炭窒化物Ti3C2Tx (Txは-O、-OH、-Fなどの表面の末端)も最近注目されている。
電子科技大学(中国)の研究グループは、ポリウレタン(PU)スポンジにMXeneフレークを付着させたMSF(MXene sponge foam)が広帯域のテラヘルツ波(0.3THz~1.65THz)吸収体となることを示した。スポンジの空孔の中をテラヘルツ波が乱反射しながらMXeneフレーク吸収されていく。空孔密度(50ppiは空孔サイズ650μm相当)やMXeneの付着割合によって吸収率は異なる。例えば50ppi/MXene6.6重量%の場合、吸収率は99.99%(40dB)にもなる。しかも、磁性微粒子のような共振系と異なり、広帯域なのが特徴である。この例では、0.3THz~1.6THzの周波数範囲に渡って高い吸収率を示す。

4. メタサーフェス

メタサーフェスは2次元のメタマテリアルで、誘電体シートの上に、例えばメタルのスプリットリングパタンを波長の1/10程度の周期で2次元的に並べた人工材料である。負の誘電率、負の透磁率を特定の周波数で実現できる。誘電率と透磁率の一方が負であれば、吸収体となる。両者が負であれば負の屈折率を示す。
メタサーフェスに関しては、欧米・中国の多くの研究機関が活発に研究開発を行っている。スプリットしている部分にバラクタなどを接続して静電容量を可変にすることで、ダイナミックにテラヘルツ波の反射吸収特性を変化させることができる。周波数選択遮断/透過板や空間変調器などへの応用も考えられている。
例えば、中国科学院の研究グループは、方形ダブルスプリットリングのメタサーフェスが、複数の帯域に渡ってテラヘルツ波(0.1THz~1.2THz)の反射を遮断できることをシミュレーションで示した。スプリット部分をグラフェンで埋め、電圧を印加することで、特定の周波数の吸収率を変えることもできる。
凸版印刷は、2022年12月、周波数28~300GHzのミリ波帯において、複数の電波を選択的に吸収する、軽量・薄膜のマルチバンド対応ミリ波吸収体を開発したと発表した。従来品に比べて約96%の軽量化を実現したとしている。吸収する電波の周波数/帯域幅を自由に制御でき、一つの吸収体で複数の周波数帯を選択的に吸収することができる。木目調などの意匠性を表面に付与することが可能で、室内用の壁紙として用いることを想定している。当面はミリ波ローカル5Gの電波環境を良くする利用シーンを想定しているが、テラヘルツ波にも対応可能である。
なお、メタサーフェスの欠点は、共振を利用していることから、遮断帯域が狭くなることである。これについても、広帯域化の検討が行われている。
また、メタサーフェスについては、別稿「メタサーフェスの技術動向と今後」も参考にしてほしい。

5. バイオテンプレート

バイオテンプレートは、ユニークな技術であり紹介したい。
東工大の彌田教授(現同志社大)は、螺旋形状の藍藻スピルリナ(直径40µm,ピッチ50µm,長さ180µm)をテンプレートにして、表面にCuメッキすることで中空のµcoilを作製した。溶融パラフィンに数重量%回転混練して、µcoil がランダム配向した等方分散シートにする。
パラフィンの透明度を保つ、わずか2重量%分散させただけで、0.3THz~0.4THzにピークを持ち、2.5THzまでの周波数帯域に渡って1%以下の透過率が実現できる。夥しい数の自由電子を持つ金属と電磁波の強い相互作用を反映して、非常に大きなモル吸光度を示すのが特徴である。ただし、反射率がパラフィンとほぼ同じ4%に留まっているのが、電波吸収体としては問題となろう。

6. テラヘルツ波と電波吸収体の今後

100GHzを超えるテラヘルツ波も10年後には現在とミリ波程度には使用されるようになると予測されている。20年後にはさらに普及が進み、無線通信や車載/路側レーダーに多用される未来図を描くことができる。
光の領域のレーザーでは、放射したビームがファイバなどの端面で反射して自身に戻ってくると動作が不安定になる、あるいはノイズが増加するといった問題がある。そのために、伝搬路にアイソレータ部品を設置して、戻り光が生じないようにしている。テラヘルツ波発生器(発振器)も、戻りテラヘルツ波によってノイズが増えるといった指摘もある。
また、オフィスの窓ガラスに周波数選択性の遮断/透過膜を貼付し、インフラのテラヘルツ波は透過あるいは集光させて外部との通信は確保するが、内部で使用する無線LANの信号は遮断してセキュリティを確保する、といった使い方も検討されている。
テラヘルツ波では、隣接する機器や電波との相互干渉を防ぐ単純な電波吸収体だけでなく、方向性の遮断/透過や周波数選択性遮断/透過といった、高機能な電波吸収体が求められる。
テラヘルツ波の実現可能性や社会実装も含め、それを支える電波吸収体の研究開発動向については、しばらくウォッチしておく必要がある。

 

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